伊藤潤二先生の作品のタイトルは一般的な怪談のタイトルよろしく端的に話のキーを捉えたものが多いです。しかし百話以上作品を書かれているのですから中には捻ったものも当然あります。その中でも本作は非常にトリッキーな角度からストーリーの核心をついていて、大好きなタイトルです。中身を知って初めてがわであるタイトルの真意を知るというのは王道ですが、良いものです。

 

 夜の山道というただでさえ不気味な場所で血まみれで突っ立っている女性を見かけたら、普通の人間ならどうするでしょうか。私なら見て見ぬふりですが、冷静に考えれば救急車か警察に通報すべきです。本作の主人公は冷静に考えた結果、自分の車に乗せて最寄りの病院に連れていきました。まごう事無き善人ですが、かなり思慮が足りない気もします。

 女も女で一切自分のことをしゃべろうとせず、終始黙ったままです。頼むから幽霊というオチだけは勘弁してくれと願う主人公。そうしてたどり着いたオチは彼女は個人映画の撮影中、幽霊メイクのまま仲間とはぐれ途方に暮れていたという事でした。後日、メイクが落ちて見目麗しい美人になった女性を見て一安心する主人公。安心しすぎて女性と一気に不倫関係を築いてしまいます。お腹に命を宿した妻を置いて不貞に走るなんて、あの夜見せた優しさはどこに行ってしまったのでしょうか。単に思慮が足りないだけの人間だったのかもしれません。

 誘ったのは女の方ですが、美女からのお誘いにウキウキの主人公。女が主人公を誘った理由が背後霊がいっぱいだったからで、自分は死産した母親がくれた幽霊の母乳で育ったから今でも幽霊から出ないと栄養を摂取できない。そのため幽霊が大好きであると、電波にもほどがある自己紹介をする女にも「君って案外お茶目なんだね」で済ましてしまうほど浮かれています。単に思慮が足りないだけなのかもしれませんが。枕もとで何故か血まみれの女を見て初めてヤバい女であることに気づきます。

 不倫はあっという間にばれ、ヒステリーを起こした妻はおなかの子ども諸とも自殺してしまいます。思慮が足りないのは夫婦ともどもだったようです。激しく落ち込む主人公は別れを切り出しますが、女は離れようとしません。そして突然主人公の家をぴょんぴょん飛び回ります。見えない何かを掴んだかと思うと空間に向かってガブリ、瞬間何もないはずの空間から血が噴き出し死んだはずの妻の悲鳴が響き渡ります。言わずもがな、幽霊を食べているのです。今まで霊体を食すと言えば天ぷらが基本だと水木先生のマンガから学んでいましたが、踊り食いという選択肢もあるようです。血まみれになって警察に事情聴取された背景を考えると天ぷらの方が適している感じがします。

 

 そんなこんなで胎児の霊まで美味しく食べてしまう女。見えないことが幸いしていますが、凄惨な場面です。そんなこんなで背後霊まで完食される主人公。日を分けて訪れているあたり幽霊もお腹にたまるという新事実を知ることができます。ていうかみすみす食わせている主人公も主人公です。どうやら背後霊は守護霊的な存在でもあったようで、それを食べられた主人公はみるみる衰退し、あっという間に死の淵に立たされます。そう考えると不倫が即ばれしたのも、守護霊が喰われたからなのではないでしょうか。運をつかさどるならそもそもこんな地雷女にめぐり合わせないでほしいものです。

 旦那をベッドで食われた上に、我が子と自身の幽霊まで食べられた妻が不憫でなりません。食べられた幽霊はやっぱり成仏とか転生とかできないのでしょうか。そう考えるとあの女の前では絶対に幽霊にはなりたくないでしょう。

 

(出典:『伊藤潤二傑作集11 潰談』伊藤潤二 朝日新聞出版 2013年8月)