スポーツロマンスを描かせれば天下一の少年漫画家あだち充先生の読切作品「天使のハンマー」です。『タッチ』、『MIX』、『クロスゲーム』どの名作もそれぞれ輝かしい青春を描いていますが、この読切はそんな青春のあと、それぞれの作品ではあまり触れられることがない青春を満喫した若者たちのアフターストーリーのお話です。

 ある田舎の仲良しグループのうち一人が都内に引っ越してしまいました。その少年は俊道といいスポーツ万能で成績優秀、グループのリーダー的立ち位置です。都会に行っても、名門高校に行って成り上がる気満々です。

 そんな青春の別れから30年の月日が経ったある日、急に俊道からメンバーたちに収集がかかります。今まで音信不通だったためメンバーは期待に胸を膨らませ、俊道と出会うのを待ちます。しかし集合の前にメンバーの中で一番、俊道と仲が良かった心太がバーで俊道とフライングで出会ってしまいます。

 心太は一目で俊道だと気づきますが、俊道の方は会社で成功し、背も伸びた立派な身なりの心太に気が付けませんでした。そんな状況で、心太は俊道が成績も大学も就職もロクな結果にならず、借金生活を送っているという現状を本人の口から聞かされてしまいます。

 最悪の状況です。最悪すぎて何だかコントのような滑稽さまで生じてしまいます。俊道が全員に号令をかけたのは最後に友人たちに会っていきたかったようです。もちろん、今赤の他人(と本人が思い込んでいる)に聞かせた姿ではなく、みんなが羨望の眼差しを向けるリーダーとしての自分で、です。

 そんなリーダーを気使って俊道と別れた後、心太はこっそりグループに連絡し、欠席することを伝えます。ちなみにバーの料金も彼が全額支払いました。俊道本人が気づかない代わりに何だかこちらが惨めになってきます。

 青春の終わりに、あまりにも儚い現実との直面を果たした俊道と心太。学園マンガで成功を収めた人々もひょっとすると成長した先では、とてつもない苦労や不幸に見舞われているかもしれません。個人的に一番きつかったのは『シティーハンター』の続編、『エンジェルハート』でヒロインの香が死亡することです。あれのために『エンジェルハート』を読めない私がいます。弱いオタクですね。

 「天使のハンマー」ではこの後、去りゆく心太の前に俊道が現れ、衝撃のラストを迎えます。ネタバレになる為、細かくは描けませんが、心太の涙にきっと胸が締め付けられるはずです。

(出典:『ビッグコミックエレクション名作短編集』 小学館 2009年4月)