『ドラえもん』内でのび太君は散々、タイムマシンの力で時をさかのぼり、自分の過去を改変しようとしてきました。宿題をやり直す、自分に着せられた濡れ衣を晴らす、戦争で殺された上野動物園のかわい象(三ツ星カラーズ的呼称)を助けに行ったり、とても子供らしいピュアな動機ですが、特に悲しい物語を自分の介入で何とか救済できないかという感情は物凄く子供らしい優しく純粋なもので大好きなエピソードです。私も子供の時分、『はだしのゲン』の世界に行って原爆が落ちる前に何とか非難させてやれないかとか、自分が今持っている有り余る食料を届けられないかとかいっぱい考えたものです。

 しかし時を巻き戻す力をそんなピュアな動機で使用するのは子どもの間だけ。大人向けの異色短編シリーズではとにかく時間を巻き戻す力、未来に訪れる力を悪用する連中がうようよ出てきます。「T・Mは絶対に」という話では国家機密などがある限り、タイムマシンは絶対に実現しないということを描いていますし、「タイムマシンをつくろう」というエピソードではあろうことか科学者を夢見る少年に「僕たち大人になっても絶対にタイムマシンだけは作らないでおこうな」とすら言わせています。行き過ぎた科学の発展は人間社会を滅ぼしかねないと捉えるか、人間の浅ましい感情のせいで本来ならば訪れるであろう発展を食い止めてしまっていると捉えるかは自由ですが、どちらにしてもあまり夢のある話ではありません。

 本作「あいつのタイムマシン」では上記二作で恐れられていたタイムマシンの猛威が思いっきり振るわれます。と言っても物凄くプライベートというか小規模な猛威ですが、それでも一人の人生を大いに狂わせたことは確かです。ある意味では物凄くピュアな動機ですが。

 この作品でネタバレしてしまうことはかなり致命的なのでオチは省略して、タイムマシンを見事完成させた鉄ちゃんの最終的なプロセスについて触れますが、かなり鬼気迫るものがあります。私はこの後の展開も込みで、F作品の中で一番怖い場面だと思っています。科学的根拠ではなく、そうなると信じる意志の問題。これは確かに人生かなぐり捨ててタイムマシン研究に没頭しないと出てこない狂気じみた発想です。そうなると信じているわけですから、「あんなこといいな、できたらいいな」とは全く違う、対極にすらある思考です。そんな思考すれすれのところに結構たどり着いてしまっている又葉書店の編集さんはすごいです。非常にとげのある雰囲気とそれを表にしないような感じが苦手なタイプですが、ひょっとすると物凄く敏腕なのかもしれません。

(出典:『藤子・F・不二雄SF短篇集3 超兵器ガ壱號』藤子・F・不二雄 中央公論社 1994年10月)