煙草というものがとにかく肩身の狭い現代ですが、ハードボイルドとこれほど相性のいいものはありません。煙草を吸わないガンマンや店内禁煙のカジノなんて味気なくて、女々しい存在です。やすい「ギャップ萌え」しか狙えません。『機動戦士ガンダムサンダーボルト』の連載をしていたTHEハードボイルド漫画家、太田垣康男先生の短編「ロング・ピース」は喫煙をやめた太田垣先生の煙草への郷愁を込めて描かれました。煙草をテーマにしたアンソロジーコミックで豪華作家たちの寄贈イラストに次いで、トップバッターを務めています。

 放射線の影響で乗組員のほとんどが自我を持たないクリーチャーとなってしまった宇宙船内で元乗組員のクリーチャーを死滅させた主人公が孤独を紛らわせるために必要としたものが煙草でした。間違ってもニコチン中毒という野暮な意見は出してはいけません。『チェンソーマン』の姫野先輩も言ってましたが、何か寄りかかるものが何であれ必要なのです。

 結果、煙草は一人の男が懸命に生き抜き、異形になりながらも大義を成した証として船内で輝くような存在感を放ちます。全ての機能がシャットアウトし廃墟と化した船内で輝く販売中の文字には流れに逆らった男の生きざまを表彰しているようです。

(出典:『シガレットアンソロジー メンソール』アンソロジー スクエアエニックス 2014年3月)