友人Hの話 その2
のつづきです。
*興味のない方はスルーでお願いします。m(_ _;)m
「日本が負けた」ことのショックはありましたが、それ以上にH君の言葉ににハラをたてていた私。
「何であんなひどいことを・・・あいつは”日本人”じゃないのか」「”裏切り者”め。もうあんな奴は友達じゃない」
ずっともやもやした気持ちで、心の中で毒づいていました。
スポ少(剣道)の帰り道、疲れてカラッポになった頭に、ふと思い浮かびました。
「あいつ、広島から転校してきたんだったな・・・あの何とか爆弾のことも知ってたのかな」
翌日、少し気まずい雰囲気があったものの、普通に朝の挨拶を交わしました。数日後、ようやく、”原子爆弾”についてH君に尋ねました。
「そりゃあ知っとるよ。広島じゃけん」
ああ、やはりそうだった。彼の語る内容は、子供の私にとって衝撃的なものでした。彼は、戦争被害についてのリアルさを知っていたのです。
「アメリカ人は悪魔よ。あいつら人間じゃない」
そこには無邪気に軍国少年ごっこをしていたH君とは別の”H君”がいました。
彼の影響で、当時の私は「アメリカ嫌い」でした。
カタカナを見るのも気分が悪くなるほどに。
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秋になり、学校で授業参観がありました。
H君と私の班は、「広島、長崎の原子爆弾」についての発表をしました。
広島に落とされたのが、その形状から「リトルボーイ」、長崎が、「ファットマン」と呼ばれたこと。
中に入っている材料も仕組みも違う、別の種類の爆弾。
死傷者は広島の方が多く、爆弾の威力は長崎の方が上。
アメリカ軍の爆撃機・「エノラゲイ」によって投下されたこと。
この爆弾によって、広島、長崎は壊滅的な被害を受け、多くの死者を出し、今もなお被爆によって苦しんでいる人がいること。
もう二度と、こんな”悪魔のような”兵器を使わせてはならないこと。という内容をデカイ紙に書いて説明しました。
なんの可愛げもない内容だったせいか、大人たちの反応はいまいちでしたが、H君と私にとってはどうでも良かったのです。
私達二人にしか理解できないの感傷でしたから。
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軍国少年は卒業したものの、二人とも歴史好きだったので、
戦争SLGは、舞台を「源平合戦」に変えて続いていました。
石橋山の戦い、倶利伽羅峠、富士川、屋島、壇ノ浦・・・日本史には、まだまだヒーローがたくさんいました。
「斉藤道三って知ってる?」
「ああ、”マムシ”だろ」
学校の授業に関係がない、無駄な知識ばかり仕入れていました。
H君の家に遊びに行き、ドイツ第三帝国について勉強しました。ゲシュタポ、親衛隊、アウシュビッツ、ホロコースト、ヒムラー、ゲッペルス。
その時、「ファシズム」という言葉が出たかどうかは分かりませんが、ナチスドイツによる民衆を熱狂させる手法や宣伝を教わりました。
ドイツ人は利口で、そして残忍な人達でした。
「日本も似たようなこと、やってたんだよ」
「うん・・・」
それは何となく理解できました。だって自分がそうだったから。
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ずっと先送りにしていたけれど、そろそろ調べないと。
「なぜ日本が戦争に負けたのか」を。
自力では大変ですが、幸いなことに、私よりはるかに詳しく冷静なH君がそばにいました。
「そりゃあ、アメリカの方が強かったからだよ」
「日本軍も強かったでしょ」
「いや。国力が全然違う」
調べてみると、確かに国力は10倍、生産力は20倍もの差がある。鉄や石油も日本にはほとんどない。
「最初から負けるだろ、これじゃあ」
「じゃ、なんでアメリカに戦争しかけたの?」
「それは・・・軍部がバカだったから」
Σ(´・ω・`)
納得イカン。
馬鹿だから、わざわざ負け戦をしかけた?それで大勢の人が死んだって?
結論が出るには、もうしばらく時間が必要でした。
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その4につづく。