『純と愛』その136 圧倒的多数の不評意見 | 日本の未来を考える

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旧ブログ名:NHK朝ドラ『梅ちゃん先生』、『純と愛』批判をメインにしたブログ。リンクはご自由にどうぞ。

『純と愛』についてのまとめはこちら↓


◆みっちさんのブログ⇒http://doracheck.seesaa.net/


まさしく、そのとおり!Σ(゚ ロ ゚ ; )


どこぞの映画監督や評論家より、

一般視聴者の方がはるかに”見る目”があると思います (´・ω・`)


つづきはのちほど~

前回の記事で、ドラマ擁護者からの反論を待ちましたが、コメントは一件も来ませんでした。

『純と愛』検索で、1ページ目に出るのですけどね、このブログ。(´・ω・`)


NHKによる最終的なドラマ評価は、来週の「週間 お客さまの声」、あるいは「月例視聴者対応報告」を待つとして、制作統括・山本敏彦氏の


「賛否半々でした」という評価が正しいのかどうか?


また、巷のドラマ擁護者の決まり文句、「賛否両論」はどうなのか?


一般的に、賛否が拮抗している場合(5対5 とか 6対4程度まで)は、”半々”と呼ぶだろうが、

それ以上(7対3)になると、多数、または”圧倒的多数”と呼ぶ(国会議決の3分の2等)。


NHKふれあいセンターに寄せられた意見(平成24年10月月次報告)を見ても、

好評意見198に対し、不評意見は2032。比率は、1対9を超えている。

参照⇒視聴者対応月次報告 http://www.nhk.or.jp/css/

各種レビューサイト(ヤフーは除く)でも同様の傾向だ。


つまり、実際には、不評(批判意見)が圧倒的多数だった、ということ。


言い換えれば「非難轟々」 


ちなみに、今回のように圧倒的多数(1対9)の場合に「賛否両論」と言うのは”詭弁”。

なぜなら全体評価(定説)を有耶無耶にしてしまう印象操作だからです。


また、「綺麗事でない人間を描くことで賛否半々(両論)でした」などと言えば、

まるで批判する人は、”表層的な見方しか出来ない愚かな人間”であり、

賞賛する人は、”本質を見極めている良識人”であるかのような印象を与えます。


本当にそうだろうか?

各掲示板のコメントを見る限り、理路整然と意見を述べているのは、むしろ”批判者側”に多い。


したがって、二重の意味で、山本CPの発言は不適切だった。


実際の視聴者の声と照らし合わせれば、

「デタラメな脚本と演出だったため、非難轟々でした」と言うべきだった。


批判意見が圧倒的多数なのは明白なのに、NHK側が、


なぜ「賛否半々でした~」にしようとしているのかが問題。


NHKふれあいセンターの「週間お客さまの声」の数値がかなり疑わしいことは既に書いた。

参照⇒『純と愛』その121 予知能力


それでも、NHK側が「賛否半々」と言うなら、


その根拠(視聴者から寄せられた意見の内訳)を公表する義務があると考える。


「放送法第27条」があるのを忘れないでね!