2座席オープンのレーシングカーであるシェブロンは1972年に田中弘氏がGCレースに初めてB19を導入して以来、後継モデルを含め国内では10年間にわたり延べ300台余りが出走したロングライフな車両です。当時の写真がありましたので数回に分けてご紹介いたします。
国内最古のシャーシは74年第1戦の北野車71-05 !?
海外のサイトにB19についての参戦記録がありました
田中弘氏が購入したB19のシャーシNo.71-20に対し、74年のGCレース第1戦に北野元氏が使用したシャーシはNo.71-05。どうやらイギリスを主体に過去に14レースに出走したとてつもない中古車のようです。さらに旧オーナーがブラジルに輸送中におきた海上火災から救出されたと語られている「いわくつきの車両」とのこと。当時のモーター誌で購入の交渉が伝えられていたのはB21だったようですが…。
1974年4月29日のテスト走行
レースの1週間前に撮影した写真です。タイヤサイズの変更に伴うB23仕様への改造やリアウイングの新設などが行われていたようです。この日のフロントカウルはB19用ですが、レースではB23用にアップグレード、エントリー時の型式もB19/23となりました。
大逆転で暫定ポールポジションを獲得!
予選1回目は電気系のトラブル対応のためピット作業が長引き終了間近に数周のタイムアタックとなる厳しい展開となりました。ようやく走り出した途端にマーチ73S+BMW勢を上回る1分43秒35を記録して暫定ポールポジションを獲得して話題を独占することに。B19+BDAエンジンでの快挙はドライバー北野氏の力量が際立つ出来事でした。(2回目の予選の結果、決勝グリッドは2番手スタート)
期待された決勝日
約7万人が押し寄せた決勝日は日産ワークスドライバーが揃って出場することもあり大いに盛り上がるなかで「北野速し」は最大のトピックで決勝レースが期待されましたが…。
スタート時刻が近づいても4号車のシェブロンは現れるはこと無くグリッドは空いたまま。その後の「エンジン換装のためピットスタート」のアナウンスにため息がが出るほど残念な思いをしました。絶望的な2周遅れでスタートしたもののオーバーヒートで11周でリタイア。
記録ではこの車両が脚光を浴びたのは北野氏の懸命なアタックをした予選日が最後だったようです。どんな条件でも壊さず速く走らせることが出来るのがプロドライバーだとか。
スポット契約のうえ旧型車両と体制にも課題あったようで次戦から北野氏はヒーローズレーシングに移籍、車両もマーチ73S+BMWへと変更になりました。
最後は草ヒロ
「廃車置場のシェブロン」でご存じの方も多いと思いますが、B19-71-05の最後は室町氏のもとへ。画像は昨年ヤフオクに出品されていた時のものです。入札開始価格は500万~。実車確認の問い合わせもあったようですが、その後はどうなったのでしょうか?
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