70年代半ばにFL500でレースに参戦したニコ・ニコル氏。JAFによるフォーミュラーレース振興策で活況になり始めた頃、ドイツ出身の青年が日本でレース活動を開始したことが話題になりモーター誌で紹介されていました。
1976年6月の富士グランチャンピオンレースに出場したときが初めての観戦です。車両は JAXマーチ74S/BMW。デビュー戦で9位完走、最終戦では5位に入賞したことでさらに期待が高まりました。
「環八尾山台ジャックスカーセールス」はTVやラジオでCMを流していた当時のビックスポンサーです。ステッカーも人気でした。
F2とGCにレギュラー出場する外国人ドライバーとして人気は急上昇。当時では珍しいレース前のトークショーも開催されました。
GCレースには78年まで参戦。ドイツ国旗のカラーを基調としたヘルメットと英文のスポンサーロゴのマッチングが好印象でした。搭載していたエンジンがBMWだったことで後のビジネス展開につながったとか。
79、80年の耐久レースに出場したときはクラス優勝や総合2位の好成績を収めましたました。(この時はREエンジン搭載車でしたが…。)
76年の富士F1が開催されたときには高原レーシングの通訳のサポートを行い、翌年にニコルレーシングジャパンを創設してモーター・スポーツ部品の輸入販売等の事業を開始。レース活動とビジネス展開でとても多忙な日々が続いていたとのこと。
1976.10 高原選手 サーティーズTS-19
あまり紹介されていませんでしたが、おじさまは伯爵でFIAの役員、お父さまはドイツ大使館の行使も務めたとてつもない家系です。
1977.10 AUTO SPORT 増刊号より
ニコルレーシングジャパンはコンプリートカ―「アルピナ」の日本導入を契機に事業を拡大。現在はBMWをはじめプレミアムブランドのディーラーを展開するニコル・グループの会長C.H.ニコ・ローレケ氏としてビジネス誌でも紹介されています。
ニコ・ニコル(ニコ・ローレケ)氏は日本でのレース活動から母国を主体としたビジネスを築きあげ躍進を続けている実業家です。(パドックでいただいたサインは開運のお守りです。)
78年のGCカーや80年の耐久レースの動画が観れます
懐かしのJAX(輸入車ディラー編)のCMはこちらから






