阪神・淡路大震災が発生して29年

3年後は回忌法要では33回忌となり

一般的に33回忌が大きな節目となります。

災害慰霊祭は別とは思いますが

今も家族や大切な人を失った方々の悲しみは変わりません。

いわんや東北をや、いわんや北陸をや

です。


能登半島地震では、新潟県、富山県など広範囲で被害が出ていますが

被害が激しく支援が届かない能登半島なかんずく奥能登の報道が中心です。


阪神淡路大震災を身近に経験した者からすると

今回の能登半島への対応の遅さと杜撰さが気になり

さらに、SNS上の発信を見ると

東北をはじめ今まで地震災害に接した事が無いのか?外国にいたのか?と思うほど素人感覚の発信や言葉や訴えが多い事に驚き呆れてます。

中でも政治家や知識人と呼ばれる人もそうですし

一部メディアもそうです。


阪神淡路大震災の29年後に発生した地震災害で

発災から2週間経っても避難所にトイレが無いなど

誰が想像したでしょう。

13年前、岩手県や宮城県の一部の避難所でも

発災3週間後でも避難所の裏山に穴を掘ってトイレにしている所があり、幾つかの政党本部に連絡した事もありましたが

それからでも10年以上経てます。


内閣府の中央防災会議委員をはじめ消防 防災建築など様々な防災機関を歴任され

さらに現在なんと石川県の防災アドバイザーを務める

防災のエキスパートの室崎益輝先生が能登半島地震は

一週間経っても道路が修復されていない被災地は初めて、初動の遅れからこれは人災だと朝日新聞のインタビューに答えてました。


二次避難所の事も報道されてますが

もとは福祉避難所となるはずが

二次避難所という名称にして支援を縮小してます。


いちいち冷酷に感じる対応をするのが石川県知事と政府です。


反面、29年の間に発展してきたのがボランティア。

行政の認可をとるプロボランティアをはじめ

NPOや医療ボランティア、ガテン系ボランティアは

自衛隊ができない事でも行える技術があったりなど

特に東日本大震災以降災害ボランティアは発達してきています。

基礎自治体は何十年に一度か何百年に一度単位で被災しますが

ボランティアは自治体と違い経験を積んでますから

能登半島でもプロボランティアが元旦の発災直後から動き

翌朝には奥能登に到着するほどなので

今の日本でらボランティアの力は必要です。

政府へこうしたボランティアをまとめていければ

初動の遅れは減少されるのではと思います。


地震においては日本の歴史上

阪神淡路大震災クラスの大地震がなかった時期は

戦後のわずか40年前後のみだとか。

だから国は台風への備えに力を入れて

地震対策はほとんどやってこなかった。


しかし、奥尻島の地震津波からも30年以上

阪神淡路、中越、東日本、熊本など大規模な地震は繰り返しており、いつどこで何が起きてもおかしくなく

さらに深刻な少子高齢社会。

未だに最初に避難したら体育館に雑魚寝

ようやくダンボールベッドとか

避難所にトイレがいつまでも足らないとか

高い税金納めて我慢を強いられる事はないです。