『その男ゾルバ』 人生は面倒なことばかり だから踊る! | アラフォー世代が楽しめる音楽と映画

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ストレスを抱えるアラフォー世代が、聴いて楽しめる音楽、観て楽しめる映画を紹介します。
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 学生時代にギリシャ文学を専攻したか、または並大抵ではない書物を読破しなければニコス・カザンザキスに触れることもないだろう。斯く言うボクも2年前に鑑賞した映画『宿 命』で初めて彼の存在を知ったくらいである。当時は出演する俳優陣にも詳しくなく、増してや近代ギリシャの歴史などはほとんど知らなかったのだが、ギリシア僻村の牧歌的風情とキリスト教的悲観劇にいたく惹かれたものである。
$アラフォー世代が楽しめる音楽と映画 第一次世界大戦後、トルコに支配されたギリシャの僻村では七年に一度、キリストの受難劇が演じられてきた。イエスに選ばれたのは羊飼いの青年だった。そこへトルコとの争いで故郷を追われた難民の一団が訪れる。処があろうことか、神父は入村を拒否する。羊飼いの青年は受難劇の配役から自己の使命に目覚め、難民の受入れを通して村民に正義を貫き、正しい道へ導こうとするが、志半ばにして悪徳司祭らに捕らわれて殉死する。原作はニコス・カザンザキスの「キリストは再び十字架につけられる」であり、彼はここで“キリストと同じ生き方をした者は再び十字架につけられる宿命である”という主観を持っていたようだ。
 この映画は1957年フランスで映画化されたのだが、奇しくもこの年、カザンザキスは生涯を閉じている。当時はアメリカで赤狩り旋風が起こり、その余波を受けて監督のジュールス・ダッシンもハリウッドを追われてしまったのだ。フランスに渡ったダッシンは『宿 命』の中で、侵略者であるトルコ人に媚びて身内だけは平穏を確保しようとする強欲な長老達を偽善的なアメリカ社会に擬えたのである。

 ニコス・カザンザキスは1883年、ギリシャ・クレタ島に生まれた詩人、小説家である。1957年にはノーベル文学賞候補になったが、投票ではアルベール・カミュに一票差で敗れた。これにはかねてからカザンザキスの思想信条に批判的なギリシャ政府の圧力(妨害工作)があったとも噂されている...。
 日本人はあまり宗教に依存する民族ではないが、欧米人にとって宗教は血肉の根源である。特に保守的な土壌では、自分が生まれ育った地で教えを受けたキリスト教史観や神の慈愛に異を唱えることは最も忌み嫌われる行為なのだ。ギリシャでは西暦380年、テオドシウス帝がキリスト教を国教とした。その中でギリシャ正教会はカトリックより更に原始に近いキリスト教義を今でも守っている。
$アラフォー世代が楽しめる音楽と映画 同じカザンザキスの小説「キリスト最後のこころみ」(『最後の誘惑』として映画化。監督はマーティン・スコセッシ)では、神の召命を受けたイエスが荒野での修行で悪魔の誘惑に遭い、心が揺れ動く弱さを描いている。この解釈はイエスは強固な信念を持つ神性的存在とするギリシャ正教会やヴァチカンにとって許し難かった! 哀れ敬虔な信者だったカザンザキスはギリシャ正教会から破門され、彼の小説は禁書に指定されたのである。生まれて此の方、自由平和に生きてきたボク等には理解し難いのだが、現在と違ってキリスト教義の前では思想や表現の自由が奪われていた時代の実情である。
 余談ながら、カザンザキスのキリスト主観を異端視扱いするギリシャ正教ではあるが、十字架上で嘆いたイエスの言葉「わが神、わが神、なんぞ我を見棄て給いし」の真意に的を得たものない。あまり宗教観に凝り固まらない日本人から見れば、カザンザキスのような発想があっても良いのではないかと思う...。

$アラフォー世代が楽しめる音楽と映画 勿論、映画での貢献も大きいのだが、ニコス・カザンザキスの小説では「アレクスシス・ゾルバス(その男ゾルバ)」が最も知られている。監督は惜しくも今年7月に亡くなったマイケル・カコヤニスである。ギリシャ映画は政治的、宗教的着色が強い為か、あまり日本では上映、テレビ放映される機会は少ない。その馴染みが無い中でもコスタ・ガヴラス監督『戒厳令』『 Z 』、或いはテオ・アンゲロプロスの『旅芸人の記録』他、一連の作品は有名である。
 カコヤニスはギリシア映画を世に知らしめた貢献者と言えよう! 映画『魚が出てきた日』では、原爆と放射能物質を積んだアメリカ軍機が地中海に墜落し、乗組員が必死に放射能物質を探すという原爆喪失をテーマにした秀逸な社会派映画なのだが、特段堅苦しくはない。何故ならそれを拾ったのは近くのリゾート地の島に住む無知な羊飼いだったからで、そこから風刺が効いたユーモラスなタッチで物語は展開していく...。当時(1967年頃)は米ソが対立している状況で核戦争の脅威が真剣に語られて、世界中では局地戦的な代理戦争も起きていた。そういう時代背景が生み出した映画なのだ。

 社会派監督として地位を確立しつつあったカコヤニスだが、同年ギリシャでは軍部に依るクーデターが起き、軍事政権は7年続いた。カコヤニスはこの政治体制に強い不満を示すも逆らえば命の保障はされず、社会派の看板を放棄せざるを得なかった。
$アラフォー世代が楽しめる音楽と映画 以後、彼はエウリピデスの悲劇を素材にした『トロイアの女』『イフゲニア』を制作し、先に発表(63年)した『エレクトラ』と合わせてミュケナイ王家の悲劇三部作を完結させたのだ。この三部作はギリシャ神話を覆い被せて、軍事政権を非難したものだが、3作全てに出演しているのが『その男ゾルバ』でも幸薄い未亡人役を演じたイレーネ・パパスである。$アラフォー世代が楽しめる音楽と映画
 話順が逆になるが、カコヤニスは『エレクトラ』の評判が良かったことで『その男ゾルバ』の監督に選ばれたのだ。ニコス・カザンザキスの故郷クレタ島はギリシャ正教ながら、永らくオスマン・トルコの支配を受けた影響から近代化が遅れた村には土俗的で異様な因習が続き、よそ者を寄せ付けない荒々しい土地柄であった。特に異国人が死ねば財産は国に没収される決まり事があるので、今際の刻みからフランス人寡婦宅に忍び込み、金品家具類を奪い合うシーンは何ともおぞましい!
 『その男ゾルバ』は性格もバックボーンも全く違う二人の男の友情物語と捉えることが多いが、実は若き美貌の未亡人と老いと病に怯えるフランス人寡婦の二人の女性が、保守と呼ぶにはあまりに狭義的な因習の犠牲になる悲劇の物語なのである。
 マイケル・カコヤニスの名声はガヴラス、アンゲロプロスに比べると殊更低い。しかし彼こそがギリシャ映画界の先駆者であった偉業は『その男ゾルバ』を通すことで、もっと讃えられて然るべきだ。


『その男ゾルバ』/アラン・ベイツ、アンソニー・クイン&リラ・ケドロヴァ [特別編DVD]

$アラフォー世代が楽しめる音楽と映画 イギリス人作家バジル(アラン・ベイツ)は亡き父が残した古い炭鉱を再興しようとギリシャまで辿り着いていた。彼はクレタ島に向かうピレウス港の待合室で、荒くれだが不思議な魅力を持つギリシャ人ゾルバ(アンソニー・クイン)と知り合った。
 ゾルバは会話の中から、バジルのギリシャ訪問の目的が亡父の遺産である炭鉱の再採掘であることを聞き出し、強引に「自分を現場監督として雇ってくれ。」と頼み込んだ。バジルにしてみればギリシャに特に親しい知り合いもなく、ギリシャ語が話せて鉱夫の経験があるゾルバの申し込みは好都合だったのだ。

 クレタ島に着くと予め連絡を取っていた村の有力者で炭坑管理人マヴランドー二(ジョージ・ファウンダス)に挨拶しに行った。歴史的に争いが絶えなかったクレタ島は隣接するオスマン・トルコの影響を受けたコンスタンディヌーポリ教会下で村には独特の因習が深く根差し、異国人を受容れない雰囲気があった。バジルは村人から好奇の目に晒された。$アラフォー世代が楽しめる音楽と映画 
 二人は島に一軒しかない、寡婦マダム・ホーテンス(リラ・ケドロヴァ)が経営する安宿に居を定めた。彼女はフランス人でここでは異教者扱いされて孤独だった。$アラフォー世代が楽しめる音楽と映画
 「私、昔は踊り子で何人もの男達を手玉にしていたの...。」そう自慢げに話す老女に洞察鋭いゾルバは黙って聞いていた。彼は言葉の端々から彼女が元高級娼婦で海軍提督に同行して、この島に取り残されたことを見抜いていた。
 ホーテンスの虚言はバジルにも分かり、彼は思わず失笑した。しかしゾルバは女性の尊厳を傷つけない礼儀を弁え、彼女の孤独な人生を慰めた。人生経験に長けたゾルバは彼女に今何をしてやれば良いかを理解していたのだ。
 やがてホーテンスはゾルバを最後の男と決め、愛するようになる...。

$アラフォー世代が楽しめる音楽と映画 早速ゾルバは村人達を集め、閉鎖した炭鉱に穴を掘る作業を始めた。しかし朽ちた木柱が倒れ、入り口は潰れてしまう。穴を支える木材が不足していることに気づいたゾルバは山頂に聳え立つ木々に目を付ける。しかしそれは修道院の所有物だった。そこでゾルバは木材を輸出して、その一部を教会に寄贈すると口説き落とし、伐採の許可を取るのであった。
 ゾルバは仲々頭の回転の速い男である。バジルと会った夜、彼は「製材所を造ろう!」と提案した。但し自分でも突拍子も無いことを思いつくと分かっていて、「失敗しても良いか?」と了承を取った。色よい返事を貰ったゾルバは嬉しさのあまり、庭に出てダンスを踊った。その大らかさにバジルは増々ゾルバに惹かれていった。

$アラフォー世代が楽しめる音楽と映画 バジルは時々現場に赴き様子を伺いながら、島で見聞した全てが珍しく興味を持った。島にはもう一人、美貌の未亡人(イレーネ・パパス)がいた。男達は彼女を自分の妻にしようと虎視眈々と狙っていたが彼女は誰にも冷たく、心も開かなかった。中でもマヴランドー二の息子パブロは彼女に本気で熱を上げていたが、彼女は相手にもしなかった。それを見かねたパブロの仲間達は、彼女の家の窓に石を投げる等の嫌がらせをしていた。$アラフォー世代が楽しめる音楽と映画
 ある雨の日、彼女が飼っていた山羊が逃げ出し、男達の溜まり場に逃げ込んだ。追ってきた彼女は山羊を差し出すよう求めたが、男達は無視した。偶々そこに居合わせたゾルバとバジルは機転を働かせ、山羊を彼女の許に返した。外は雨、傘を差し出すバジルに未亡人はいつもとは違う優しい目を送った。
 だが誰のものにもならない彼女は男達にとって厄介な存在でしかなく、特にパブロの父マヴランドー二は苦々しく思っていた...。

 ゾルバは様々な構想を練り、山の頂上から海までケーブルを張って木を降ろす計画を立てた。そこでバジルから資金を貰い、ケーブル材料の調達の為に島を離れようとした。その時ホーテンスが見送りに来たのだが、ゾルバは彼女に何も告げずに去った。彼女はその素っ気ない態度から自分への気持ちが離れていく不安を感じた。
 ゾルバは酒と女、音楽をこよなく愛する楽天家である。都会に着いたゾルバは酒場に入り、そこの若い女と意気投合し、一緒に暮らし始めて何日も島を留守にした。

 ある日、バジルは村の一本道で傘を渡した未亡人とすれ違った。未亡人は彼に惹かれているようで、声を掛けられることを期待したのだが、バジルには勇気が沸かなかった...。

$アラフォー世代が楽しめる音楽と映画 ゾルバが渡した資金を使い果たしたことを知り、腹を立てたバジルの許にそのゾルバから手紙が届いた。それを聞きつけたホーテンスが「ゾルバからの手紙を読んで。」とせがんだ。どうやら彼女は目も不自由なようだ。彼は本当のことを言い辛く、咄嗟にゾルバが彼女と結婚したがっていると嘘を吐く。$アラフォー世代が楽しめる音楽と映画

 やがてゾルバが帰ってきた。敏感なホーテンスは薄々感じていた不安を吐き、ゾルバを責めた。老いの不安と心臓の弱い彼女はただゾルバとの結婚を願っていたのだ。化粧をして着飾るほど老醜を隠せない女の哀れが滲み出るホーテンスの懇願に、ゾルバはつい結婚を約束し、「街一番綺麗なウエディング・ドレスも用意してやろう!」と口走った。ゾルバは都会の若い女に惚れていたが、年老いた女にも優しかった。今やバジルとて彼女を淑女として接した。

 数日後、バジルの許に未亡人からお礼のクッキーが届いた。バジルはゾルバが部屋に入った時に咄嗟にそれを隠すのだったが、彼は見透かしたように見つけてしまう。そして「未亡人の気持ちを汲んでやれ。」と発破をかけたのである。それでも一歩踏み出せないバジル...。
$アラフォー世代が楽しめる音楽と映画 別の日の夜、ゾルバはバジルに初めて身の上話をした。3歳の息子を亡くした時は踊りでその悲しみ爆発させた。戦争で何人ものトルコ人を殺し、村を焼き、女を強姦したも...。天衣無縫に見えて忌まわしい過去を持っていたのだ。しかし彼はそれをシルタキを踊ることで乗り越えてきたのである。
 人生は面倒なことばかり...ゾルバはただ奔放で楽天的ではなく、どんな困難や悲しみにも挫けない逞しい魂も持っていたのだ。それが何でも知的に物事を理解しようとするバジルには新鮮に映った。

 ゾルバに後押しされたせいか、バジルは自分の気持ちを伝えようと未亡人の家を訪ねた。それまで感情を抑える理性を信じてきた彼にとっては一大決心だったのだ。それでも彼女が受容れるか不安は付き纏った。
 ドアを開けた彼女は一瞬戸惑うが、バジルを中に入れた。その夜、二人は愛の契りを交わした...。

$アラフォー世代が楽しめる音楽と映画 日頃から未亡人に思いを寄せていたパブロはそれを知り、絶望のあまり海に身を投げて死んでしまう。
 パブロの父マヴランドー二は彼女を逆恨みにし、村は不穏な空気で満ちていく。クレタ島では男の求愛を受入れず、異教の者と結ばれた女は神に背く行為として許さないのだ!$アラフォー世代が楽しめる音楽と映画
 礼拝日、未亡人は家を出ると教会へ向かった。マヴランドー二と仲間達は一緒に礼拝に来た大勢の信者達の前で彼女を睨みつけた。孤立した彼女は逃げ廻るが、男達にたちまち取り囲まれる。バジルは朴訥なミミトスに「ゾルバを呼べ!」と叫んだ。ある男が未亡人に襲い掛かり、首許から服を引き裂く。喚く彼女にナイフを持ったマヴランドー二が迫る。
 そこにゾルバが現れ、二人は格闘する。一旦は暴発が収まったが、ゾルバが目を離した隙に彼女はマヴランドー二に刺され、地面に倒れた。
 バジルは自分のせいで彼女を死なせてしまったことを悔い、勇気を奮って救えなかった自分を責めた。

 一方、日を重ねる毎に体調が悪くなっていくホーテンスは死期の近いことを悟っていた。初めはその気も無かったゾルバは彼女に幸せな思いをさせたくて、バジルの立会いの許で彼女と式を挙げた。

 クレタ島に春が訪れた。しかしホーテンスは病床の身だった。死を覚悟したゾルバはバジルを連れて、彼女の部屋に駆けつけた。村人達は彼女の死が近いことを噂していた。この島では係累のいない異国人が死ぬと国に財産を没収されてしまう。
ならば役人が来る前に遺品の家財、家畜類を奪わなければ損だという考えが平然と横行していたのだ。
 死期の迫ったホーテンスの財産を狙って島の女達がぞくぞくと集まって来た。黒衣の老女達はまだ彼女が息を引取る前から部屋の中に押入り、何を盗み取るか物色していた。中には家具に手を掛ける者もいた。そしてじっと彼女の死を待ち構えているのである...。それは将に死を宣告されているようだった!

$アラフォー世代が楽しめる音楽と映画 心細いホーテンスにゾルバは「大丈夫。怖くない。俺が傍にいるから!」と囁き、彼女を抱きしめた。ホーテンスは最後の力を振り絞ってゾルバの首に腕を絡ませた。しかし...そこで息が尽きたのである。
 黒衣の老女達は先を争って部屋からあっという間に家財の一切合財を持ち出した。それはまるで死肉に群がる禿げ鷹のようだった。唖然とするバジルに「人生は儚いものさ...。」とゾルバが力なく答えた。
 振り向くと部屋にはベッドに横たわるホーテンスと鳥篭のインコだけになっていた。ゾルバは彼女を最期まで優しく看取っていた...。

 二人は外に出た。ゾルバはバジルに「異国人...増してや異教徒の彼女は教会の墓には葬ることは出来ないのだ。」と言った。「可愛そうだ。」と言うバジルにゾルバは「死んだ彼女にはもう何も分らんさ。」と吐き捨てた。
 人生を謳歌し、いつもは豪放磊落なゾルバの言葉だからこそ重みがあった。そこにはクレタ島の風土に培われた諦観が滲み出ていた。

$アラフォー世代が楽しめる音楽と映画 ゾルバが設計したケーブル工事が完了した。木材運搬には稚拙な感じがしたが、一応その竣工式と試運転が行なわれることになり、村人達や修道士達が集まった。処が最初の運搬途中で木材は傷つき、受け側も物凄い勢いで下ってくる圧力に耐え切れずに海に放り込まれた。二度目の失敗。そして三度目でケーブルが切れ、支柱が総倒れになった。驚いた村人や修道士達は一目散に逃げた。結局、ゾルバの計画は失敗に終わったのである。
 ゾルバはそれでも泰然と構えて少しも動じなかった。焼けたマトンを頬張りながら大笑いをする二人。「やっと腹の底から笑ったなぁ~。」とゾルバはバジルの肩を叩いた。仲々憎めない男である。
 バジルは如何なる逆境、挫折があっても落胆しない明朗快活なゾルバに心服するのだった。

$アラフォー世代が楽しめる音楽と映画 二人に別れの時が来たそうだ。ゾルバはそれに感ずいていた。バジルは「明日は島を去る。」と言い、続けて「島のあの踊り...教えてくれないか。」と頼んだ。
 海に面する海岸でゾルバは喜んでシルタキを踊った。踊ることで嫌なこと全てを洗い流しているのだ。バジルが近寄ると肩を組む。彼は見様見真似で不器用にステップを踏む。それは知性の鎧を脱ぎ捨てるかのようだった。
 父の遺産の炭坑の再興には失敗したが、ゾルバと知り合ったことが彼の人生の大きな財産になったのは確かである。

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$アラフォー世代が楽しめる音楽と映画 化粧をして着飾るほど老醜が晒される女の哀れを見事に表現したリラ・ケドロヴァの演技が素晴らしかった! 老いの不安と体調が悪化する恐怖に駆られ、頼れる人を求めながらもクレタ島の人々は異教人には冷たい。そこへバジルとゾルバが訪れてくる。彼女はそれまでの苦悩を隠し、自分が若い頃、如何に男性陣の憧れの的だったか、精一杯明るく振舞う。
 処が一見豪放な風貌のゾルバは嘘を見抜いてしまう。ゾルバは過去に辛い経験を幾度もしてきたので物事を達観している。対してバジルの知性は書物の中で得たものなので深みが無い。理性は時として心の通った交わりの邪魔になることもある。その大きな違いが彼女への対応に表れる。$アラフォー世代が楽しめる音楽と映画
 ゾルバは悲しい過去があるからこそ女に優しくなれる。ホーテンスは今が悲しいからこそ男に縋りたいのだ。

 知性はあっても臆病なバジル。無学ながら人生処世術を知るゾルバ。この映画は正反対な男二人が固い友情を築き上げていく展開に、二人の哀れな女がクレタ島の異様な因習で苦しむ姿を交錯させている。
 つまり愛と優しさ、信頼、理性、不屈の精神...の縦軸ラインに、排他された悲哀と心痛、人間不信、不安や諦観...が横切っているのだ。その対比で二人の哀れな女が如何に理不尽な扱いを受けていたか、浮き彫りになっている!