『夜行列車』 隣人さえ信じられなかった時代に生きた人々 | アラフォー世代が楽しめる音楽と映画

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ストレスを抱えるアラフォー世代が、聴いて楽しめる音楽、観て楽しめる映画を紹介します。
でも自分が好きな作品だけです!    

$アラフォー世代が楽しめる音楽と映画 ポーランドの著名な映画監督で思い浮かべるのはアンジェイ・ワイダやロマン・ポランスキーだと思うが、これはポーランド映画史を表面的に捉えているに過ぎない。意外にもポーランドは映画先進国で、これまで多くの秀逸な作品を残しており、本作品のイェジー・カヴァレロヴィチ監督はアンジェイ・ワイダと並び称される世界的巨匠である。

 顧みれば当時、絶えずソビエト連邦の圧迫があった社会主義体制の背景を考慮に入れると、ポーランドの映画事情はかなり異色だったと言える。

 1955年から1963年頃までにかけて彼らは俗に“ポーランド派”と呼ばれる作品を製作していった。アンジェイ・ワイダ監督の『地下水道』『灰とダイヤモンド』を観れば一目瞭然! そこには自国の歴史的運命、国民の悲劇を訴えた政治的色彩の濃い作風が窺える。
 対してイェジー・カヴァレロヴィチ監督はストレートな表現を好まず他愛もない群像劇の心理描写から、さりげなく自国家の置かれた境遇をボカして描いている。

 正直、抑えた表現には物足りなさも感じるが、当時の厳しい検閲規制に対抗する目的もあったのだろう。実際、イタリア映画のネオレアリスモ作品ほどの強烈さは無い! 
 それでも彼らの作品が突破口になって、ポーランドの歴史をあからさまに語れるようになり、自由を意識した国民が1956年以降、自分の国を自由化へ変革していく運動の後押しになったことは確かだ。

 残念ながらイェジー・カヴァレロヴィチ監督は一昨年12月に亡くなってしまった。代表作は『夜行列車』の他、列車から男が墜落死する事件とオムニバスになっている3つのエピソードが複雑に絡まって犯人が搾り出されるという斬新なアイディアに満ちた『 影 』や、1960年のカンヌグランプリを受賞した『尼僧ヨアンナ』等がある。
$アラフォー世代が楽しめる音楽と映画 ちなみに『尼僧ヨアンナ』の主演女優ルチーナ・ヴィニエツカは、カヴァレロヴィチのプライベート・パートナーであり、本作品では自分の恋愛を見つめ直すべく旅に出た女マルタ役を演じている。
 また彼女を追いかけ、必死によりを取り戻そうとする青年に『灰とダイヤモンド』のズビグニエフ・チブルスキー、偶然コンパートメントがマルタと一緒になり仕方なく一夜を過ごさざるを得なくなった訳有りの男に『水の中のナイフ』のレオン・ニェムチックと役者が揃っている!

 但し、この映画の素晴らしさは役者だけではない! 冒頭からスウィングジャズの名曲「ムーンレイ」が流れるムード満点な映像は、それまでのポーランド映画に感じられる“重さ”とは一線を画してスタイリッシュである。
 それにしてもポーランド映画はロマン・ポランスキー作品を除いてほとんどDVD化されない実情に怒りさえ覚えてしまう!
 モダニズム溢れセンスの良さを感じさせる『夜行列車』を鑑賞するには偶然のテレビ放映を期待するか、YouTubeで観るしか手段が無い! ただポーランド語なのが惜しまれる。この映画のほとんどは列車の中での会話なので、その内容が分からないと退屈なだけである。

 一応、『夜行列車(POCIAG)』 1/10編だけ掲載しておく。順次追っていける筈である。



$アラフォー世代が楽しめる音楽と映画 プラットホームは混雑していた。これから発車する夜行列車は、ワルシャワ駅から北上して翌日バルト海沿岸の避暑地へ向かっていく。

 乗客が次々と乗り込む慌しさの中、一等車両(指定席)の入口前で、サングラスをかけた中年男イェジー(レオン・ニェムチック)が女性車掌に「指定券を忘れたが乗せてくれないか?」とかけ合っていた。イェジーは「独りになりたい!」という理由で、二人分の料金を払って16号室のコンパートメントを独占しようとした。
 コンパートメントに入室したイェジーは、若く美しい女性マルタ(ルチーナ・ヴィニエツカ)が居ることに驚く。ここは男性専用の筈! 聞けば「見知らぬ男から切符を買った。」と言う...。

$アラフォー世代が楽しめる音楽と映画 外に出たイェジーは女性車掌に伝える。それを聞いた女性車掌は「席を空けるように!」と説得するがマルタは頑なに居座ってしまう。
 この一悶着を好奇の目で眺めていた他の客はマルタに同情的で、結局イェジーが折れざるを得ない雰囲気になり、見知らぬ女マルタと個室を共に過ごすことになる

 夜行列車は一等車両と後部で混みあっているニ等車両(普通席)の乗客を乗せて出発した。ニ等車両にはマルタの元恋人スタシェック(ズビグニエフ・チブルスキー)がマルタへの未練を捨てきれず乗り込んでいた。
 ニ等車両に来ていた女性車掌にスタシェックは「すぐ帰って来い!」と書いた紙切れを渡すのだったが、受け取ったマルタはそれを破り捨てた。マルタはもうスタシェックとはやり直せないことを分かっていた。

$アラフォー世代が楽しめる音楽と映画$アラフォー世代が楽しめる音楽と映画 一等車両には様々な人が乗り合わせていた。強制収容所の記憶に苛まれ不眠症に苦しむ男、独身主義を公言する禿頭の男、若い恋人同士、老牧師と巡礼の旅にいる若い牧師...そしてバカンスに向かう途中なのに弁護演説の練習をする老弁護士とその若妻...彼女は夫との不幸な結婚にストレスを溜め、刺激を求めている様子だ。
 何度か通路に出たイェジーに声を掛けるのだが、イェジーは心ここにあらずだった。

$アラフォー世代が楽しめる音楽と映画 再びコンパートメントの中に入ったイェジー。マルタは2段ベッドの下で寝込みながら雑誌を読んでいた。仕方なく会話を交わすが、噛み合わず長く続かなかった。二人の心情を代弁するように、ジャズの伴奏が流れていた。
 それでもマルタが気象予報士の職に就いていることを知った。また手首にリストカットした跡があることをイェジーは見逃さなかった。
 通路では男達が集まり、妻を殺して逃亡中の凶悪犯のことを話題にしていた...。

$アラフォー世代が楽しめる音楽と映画 夜行列車が途中の駅で停車した。イェジーは煙草を買いに下車し、その後を老弁護士の若妻が追い駆けていった。この間、スタシェックが一等寝台の窓下に来てマルタに「戻って来てくれ!」と懇願するのだが、彼女は自分をもて遊んだスタシェックが許せなかった。
 マルタがこの夜行列車に乗った理由は、リストカットの原因にもなった昔の恋人から手紙が来て、彼とよりを取り戻すべく会いに行くつもりなのだが、結末がどうなるか彼女にも見当がつかなかった...。
 若妻の追及を上手くかわしたイェジーが戻ってきた。
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 真夜中、夜行列車は停車予定でもない駅で強制的に停められ、警察官が数人乗り込んできた! どうやら件の妻殺しの凶悪犯がこの列車の16号室の切符を買った情報を掴んでいるようだ。
 その指定席はイェジーが寝ていた2段ベッドの上で、すぐさま彼が疑われた。イェジーは拘束され車掌室で尋問を受けることになった。

 この騒ぎの中、マルタは二等車両に赴いていて、カーテンの隙間から眼光鋭い男を見つけ仰天する! マルタはその男から指定券を買ったことを思い出し警官に知らせ、「本当は上段が私の席で、彼が替わってくれたの!」と告げた。
 「おそらくその男が犯人だろう!」 イェジーの容疑は解け、すぐ釈放された。戻ってきたイェジーは彼女に感謝の意を表した。また実は彼が外科医であることが分かり、二人の距離は少し縮まった。

 その間、警官達は二等車両の座席を順に見回り、犯人と思しき男を追っていた。追い詰められた犯人は非常ブレーキで列車を停止させ、そこから飛び降りて夜の荒野を逃げ走った。
 その様子を見ていたイェジーが列車から降りて犯人を追った。その後を不眠症に苦しむ男、若い牧師、老弁護士の若妻らが続いた。こうなると群集心理が働くものだ! 乗客の男連中の多くが列車から降りて、殺人犯を追った。

$アラフォー世代が楽しめる音楽と映画 停止している長い列車。殺人犯は必死になって逃げるのだが乗客達の執拗に追ってくる姿に恐怖を覚える。そしてとうとう朝もやの墓地の前で捕まってしまう。
 遅れて到着した警官達が犯人を近くの村に連行されて行くのを見届ける乗客達...。外はもう白み始めていた。老弁護士の若妻は途中ヒールの片方を失くしたようだ。
 乗客達が一人ずつ列車に戻った。妻の野蛮な行動とヒールの片方を失くしたことを責める老弁護士。その後、若い牧師が若妻の失くしたヒールの片方を持って列車に乗り込んだ...。
 夜行列車が再び走り始めた。遠くで警官達と犯人の姿が見えるのだが、それも段々小さくなっていった...。

$アラフォー世代が楽しめる音楽と映画 イェジーが個室に戻ってきた。もう初対面時の憔悴し切った表情も素っ気なさも消えていた。今はマルタに胸に痞えていた忌まわしい出来事を聞いて欲しくなっていた。
 彼はこの夜行列車の発車する直前まで手術を施していた。しかしその日三度目の手術は18歳の自殺未遂の少女だったが、失敗に終わったことを悔やむように話した。それがイェジーが疲れ切った原因だったのだ。
 居た堪れなくなったマルタは、洗面台で顔を洗い、水を拭こうとタオルを探す彼を、そっと抱きしめるのだった...。

 不眠症の男は殺人犯を追った疲れが出てきて、知らぬ間に通路の椅子で眠李に入っていた。老弁護士の若妻はアバンチュールの相手を見つけたようだ。

 やがて夜が明け、終着駅手前の海岸沿いの駅に着いた。またスタシェックがしつこくマルタのいる部屋の窓を叩いた。丁度その時、イェジーが身繕いをしながらカーテンを開けて目が合ってしまう。イェジーはカーテンを半分だけ開けて中の様子を見せない。
 驚いたスタシェックは、暫しその場で茫然自失...。彼には列車が走り出す音さえ聞こえずホームに取り残されてしまう。

 列車が終着駅に到着した。女性車掌に見送られながら次々と降りて行く乗客達。不眠症男、独身主義者、老牧師に若い牧師、老弁護士にその妻...人生様々である。彼らは半日ほど同じ空間で時を過ごしたが、再び巡り会うことはないだろう!
 イェジーはマルタに深い感慨を抱きながらも「妻が迎えに来ている。」と言い残し、ホームに降りていった。マルタは背中を向けていた。

 ホームではイェジーが出迎えた妻と抱擁をし、去って行った。誰もいなくなった車内を女性車掌が見回りに来た。まだ残っていたマルタが「今夜のことは忘れられません。」と言って車掌にキスをした。
 そしてトランクを持つとイェジーとは反対側のホームを静かに降り、白波の見える砂浜を一人歩き続けていった。
 イェジーにとってマルタとの束の間の出逢いは特殊な事情で生じた刹那的な愛だったかも知れないが、マルタはこの出逢いを大切なものと受け取っていた。
 「独りで幸せよ...。」マルタが呟いた。

 女性車掌は最後の乗客...まだ眠っていた若い恋人同士を叩き起こした。空っぽになった個室が映り、夜行列車はまたゆっくりと動き始めた。
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 映画は時代考証を加味して観なければ詰まらないものになってしまう可能性がある。濃厚な情欲シーンや平気で人を殺す場面が特に珍しくない今の時代にとって、『夜行列車』の抑え気味の演出は刺激が足りない! ヨーロッパの成熟した大人の交流...と無理に考えても納得しない!
 参考までにこの時代のポーランドの状況は、1955年にゴムルカ政権が誕生し、それまでの社会主義統制が緩み始めていた。そうした中、公開されたのが『夜行列車』である。

 偶然、同じ時刻の夜行列車に乗った人々。彼らは互いに様々の悩みを持って生きている。他人のことに興味ありながら、それを面と向かって出し難い社会主義体制だったので、さぞや窮屈な時代であったと思う。
 再び再会することは無いと思われる人々同士が同じ空間で時を過ごす...。一等車両の室内の狭さが圧迫した緊張関係を醸し出し、唯一の会話場所が通路。それでも人々は本音を吐かない。

 そんな人々が一体となったのは殺人犯を集団で追った時である。まだ朝が開けたと言うには早い仄暗い中、妻殺しの犯人を追って、イェジー、不眠症男、若い牧師、老弁護士の若妻、その他大勢の乗客らがまるで亡霊のように追い駆けるシーンは夢の中まで出てきそうで不気味であった。
 社会主義体制から脱出したいと願っても、現実は四方八方、秘密警察や密告者に監視されていて自由な行動を起こせば捕まってしまう忌まわしい過去を描写したと考えるのは穿ち過ぎだろうか?
 それでも奥底に仕舞い込んだ感情を表に出して、ほんの少しだけ心が通えるようになったのは良かった。

$アラフォー世代が楽しめる音楽と映画 ポーランド映画の特徴は人物を描写しつつ、その実ポーランドの置かれている状況を表現していることも多い。ならば何の変哲もない会話や仕草にも深い意味があるのだろうか?
 映画を観て何の暗示かを考える。それは悪いことではないが、鑑賞者が無理に考え過ぎて監督の意図を解釈しようとするから、この映画が難解なものに位置づけされているもまた事実!
 肩肘張らず、映像とモダンジャズのコラボレーションを楽しめば案外良いのかも知れない...。