芽吹く季節に授かった


我が子この世に見るまでは


吾の目に目に映るのは


吾のまにまに積もる雪


かなぐり捨ててきた思い出達が

必要になる時


記憶も無い

記録も無い


確かに私は其処にいた

確実にいたのだ


だが、恥じた

記録を捨てた

記憶も霞んだ


これから

二足歩行をするはずが

踏み出す前に転げている


だから

あの時の自分に

「大丈夫だから」

と肩を叩いてやりたいのだ


その思いが、私の証明

言っても解らない。

言わないと解らない。


どちらが真かと問われても、

同人への同じ問い。

沈黙は金なのか

雄弁は銀なのか


甚だ考えてしまうのです


かような迷いは

彼方の西風には届きますまい

噂は、広まる。


紛れも無い事実だ。


それは、もう不愉快なくらいに。


人の口は立派な広告だ。


受け手の見方など思慮しない。


その場でインパクトがあれば良いのだから。


ましてや、送り手の事情など、頭の片隅にも無いだろう。




しかしながら、逆を見ると、


自分が第三者ならば、それがとても惹かれる話題だという事もわかる。





「やっぱり、私も羊だった」