5歳児の「だっこして〜」に応じたお話です。


保護者のお迎えを待っている、夕方の時間帯に園庭で遊んでいる子供達を、一緒に遊びながら見守っていた時のお話です。


私に、5歳児の女児が突然、

「先生〜、抱っこして〜」と笑いながら甘えながら、やって来ました。

もう5歳児なので体格も良くなり、体重もあります。


甘えたいのだな、とは思いましたが、

持ち上げて抱っこするのは、、、と躊躇しました。


「もし、腰を傷めたら、明日出勤できない」とか、

「もしうまく持ち上げられなくて、子供と一緒に転倒してしまったら、ケガをさせてしまう」とか、

色々、一瞬で頭によぎりました。


でも甘えたいのは分かったので、


逆に、


「先生も、抱っこしてほしい〜、Aちゃん〜、先生のことを抱っこして〜」と甘えてみました。


そしたら、意外と

「いいよ〜」と応じてくれました。


「先生はめっちゃ重たいから、座って抱っこしてね〜」と言うと、

「うん、分かった〜」と言ってくれました。

(私のことを持ち上げる気、満々だったので)


かわいいですね。


私が座ると、抱きしめてくれました。

なので、私も抱きしめました。


Aちゃんは、ニコニコしながら満足したのか、「先生、明日も抱っこしてあげる〜」と言って、また遊びに戻っていきました。


それを見ていた別の5歳児男児がいたので、

同じようにして欲しいのかな?」と思い、


「B君も先生のこと、抱っこして〜」と言ってみました。


すると、少し恥ずかしかったのか?「嫌だよ〜」と言いながら、追いかけて欲しそうに走って行ったので、

「抱っこしてよ〜」と追いかけると、「嫌だ〜」と逃げていきました。

しばらく追いかけっこをして、楽しみました。


反応も色々で楽しかったし、それはそれでふれあいになり、楽しかった思い出でした。


色々試してみるのもアリだな、と思った経験でした。


今日も読んでくださりありがとうございました。





叱る時のお話です。

子供が何か叱られるような事を言ったり、したりした時、
大人は子供を叱る時もありますが、

その時に、
「やめなさい」
「それはダメだ」と、禁止をします。

まあ、当たり前です。

やめて欲しいのだから、禁止をします。

その時に、

「なぜ、やめるのか」をちゃんと話せているかどうかです。

まだ小さいから分からないから、話さなくてもいいだろう、ではなくて、



どんなに年齢が小さくても、
子供が分かっていても、分かっていなくても、
「なぜ、いけないのか、なぜやめるのか」というのは、話した方がいいと考えます。

それも、なぜなのかと言いますと、

理由も分からず、怒られたり叱られたりすることは、
子供の中に
「なぜ?」という疑問を解消することが難しいからです。

その叱られた理由を聞いて納得できなかったとしても、
叱られた理由はあるのだな、ということがわかります。

納得できないのは、子供の方にも主張があるからなので、
やはり、「なぜなのか?」という理由がわからない、話せてもらえてない、というのは、
あまり、良くないと考えます。

なので、どんなに子供か小さくても、
分かったか分かってないか、わからなくても
なぜダメなのかということは、話しておくのがよいかと思います。

その時に、ちゃんと分からなくても、後で分かったり、経験で分かったり、毎日の繰り返しの中で、徐々に分かってきたりすることはあります。

ので、瞬間的に危険な状態とかではなくて、話せる「間(ま)」のようなものがあるのであれば、(作れるのであれば)」できるだけ、理由は話してあげる方がいいのではないかと考えます。

子供が、自分の主張を話せるようであれば、聞いてあげるのが、より良いですね。


理由を話しても、あまり分かっていないかな、と感じた時は、何回も何回も言い聞かせをしなくてもいいと思います。


昔、ご一緒した保育士さんが、

「この子のためだから!」と、

「分かるまで言わないといけないの」と

向き合って、その子が分かるまで話した人がいましたが、程よい加減をみながらされるといいと思います。


しっかり向き合うのはとても大切なことですが、

ちょっとしつこいのでは?と私が感じていたところ、


その時は、別の先生から、「もういいんじゃない?分かったと思うよ」とストップを入れてくださったので、程よいところで終わっていました。


「分かった?本当に分かったの?」と何回も詰められても、子供にしてみれば、だんだん「自分が本当に分かったのか?分かっていないのか?何でこんなに叱られているのか?」と別の方向に頭を使い始めますので、


小さな禁止であれば、簡潔に

ダメなことである、ということと、

なぜダメなのか?を知らせてあげればいいかな、と考えます。


保育士さんも保護者さんも、忙しい毎日ではありますが、意識してみるのもいいかもしれないですね。






子供達のケンカを仲裁することは、保育園では毎日のようにありました。


園によっては、すぐに保育士が仲裁に入るようにと(ケガ防止のため)指導のあった園もありましたが、

このあたりは、その園の園長や管理者のカラーが出るれません。


私の昔のやり方は、ケンカが始まったら、ある程度は、見守るようにしていました。

ヒートアップしたり、手や足が出そうになってきたら、仲裁に入る感じにしていました。


言葉でやり合っているときは、子供達も一生懸命、頭で何を言おうか考えているのがわかり、少々のケンカでしたら、微笑ましいものでした。


自分の言い分をちゃんと考えて言う、もし、相手がズルいことをしていたら、それもちゃんと指摘する、


指摘された方は、図星なので、そこもちゃんと考えて、「だってね~、Aちゃんがこんなことを言ったじゃんか!」と。


一生懸命考えて、攻撃も保身もするんですよ。


で、あまりにも収拾つかなくなってきたら、子供の方から「先生〜、Bちゃんがね〜、こんな悪いことを言うんだよ!」などと、助けを求めにきます。


そこで、大人が間に入ります。

落ち着いて話せるように、こちらも落ち着いたトーンで話します。


Aちゃんの言い分、Bちゃんの言い分、両方がいるところで、相手にも分かるように話させます。


無理に話させようとしないで、質問をしたりします。


で、最終は、「Aちゃんは、こう思うんだって〜」「Bちゃんは、こう思うんだって〜」


「だから、こうしよう」と大人が解決策を出してもいいし、

「じゃあ、どうしたらいいと思う?」と子供達に考えさせたりもいいかもしれません。


過度にケンカをさせないように、という方針もありますが、


子供のうちは、感情を出してケンカしても、そのあと落ち着いて話す機会を与えるようにし、ある程度の着地点を見つけるようにする、そういう経験も、小学生、中学生、高校生、とだんだん大人になっていくに連れて、コミュニケーションを取れるように導いていくのも、大人の仕事?かな、と思います。


AIに聞くのもいいですが、そんな時代になったからこそ、目の前にいる相手と話す姿勢は身につけておいた方がいいな、と思います。


自分の話をする、相手の話を聞く、ちょうどよいところで着地点とする、もし着地点無くても、相手の話を聞いたり自分の話をしたりすることは、相互理解につながります。

考えるきっかけになるということですね。


昔は、普通に生活していれば普通にできたことですが、SNSが発達し過ぎて、そういう経験を意識してしようないと、しにくくなってきているのだな、と

改めて思います。


もちろん、SNSがあるから言いにくい事も表現できる、という場合もあると思いますが、


SNSをまだ知らないうちは、そういう経験を大事にしていけたら、いいのではと思います。

もちろん、SNSをしていても、ベースのところが大事にしていけるのではないかな、と思います。


色々な事がすごいスピードで発達していってますが、大切なことを忘れないように、自戒も込めて、今日は終わりたいと思います。


読んでくださりありがとうございました。