もうすぐ3歳になる2歳児の男児、あまりごはんを食べず、嫌いなニンジンをつまんで、ポイポイとテーブル周りに散らかしているという話を、保育士の方から聞いていたので、給食の時間に保育室に見に行きました。


保育士の先生達も、はじめは「こぼしちゃダメだよ」とか「美味しいから食べてみよう」などと励ましたり注意したりしていたのですが、全くやめないので、


しばらく様子を見ようと、見守るだけにして声かけを敢えてやめているとのことでした。


かまってほしいのか、本当に嫌いなのか、先生達の反応を見ているのか、というところで対応を考えようと。

それと、その子にかかりきりになると他の子どもが見れなくなるということもありました。


押してダメなら一旦引いてみよう作戦です。


私が見に行くと、もう既にニンジンだけがちゃんと選ばれて、ポイポイ散らかっていました。

Aちゃんは、私を見て「園長先生〜」と機嫌が良かったので、声をかけました。


「Aちゃん、ごはん食べてるの?」と聞くと

「ううん、食べてない!ニンジン、ポイポイしてるの!」と無邪気に言います。


「何でポイポイしてるの?」と聞くと

「オエ〜って言うから、食べないの!」と言いました。

「そうか、オエ〜って言うんだね。」と

先に共感しました。


生理的に無理なんだな、と判断したので無理に食べさせず、

「でもほら、Aちゃん見てみて、ニンジンがめっちゃくちゃ散らかってるわ。これ、アカンね。」と言うと、


キョトンとして見ていました。


私は「わー、めっちゃくちゃニンジン散らかってるわ〜、ちょっと片付けないと、汚いし、なんかニンジンさんかわいそうだね。Aちゃん、食べれないの仕方ないけど、このニンジンさん、散らかってるから、ちょっと先生と一緒に拾ってくれる?これは、ちょっと大変だわー。」などと言いながら、小さい子ども用のゴミ箱を側に置きました。


するとAちゃんは、私と一緒にポイポイ散らかしたニンジンを拾い始めました。

少し時間はかかりましたが、全部一緒に拾いました。

途中で拾うのが嫌になっていましたが、「ほら、まだあるよ、こっちのも拾ってね。」と声をかけ続けました。


途中でやめさせずに、私と一緒に全部拾い終わると、

集中力が切れたのか、「はあ〜」とため息ついていました。笑


「良かった〜、キレイになったわ〜」と私が言うと、

キレイになったテーブル周りを見ていました。

 「もうポイポイしないでいようね、Aちゃん、ニンジンがオエ〜となるなら、先生に言っておくから、もうポイポイしないでね。」と言うと、「うん」と言ってくれました。


次の日の給食の時間もニンジンが入っているということだったので、また見にいきました。

Aちゃんは、「園長先生、もうAちゃん、ニンジンさんポイポイしてない!」と誇らしげに言ってくれました。

なので、私も「わあ〜、Aちゃん、今日はニンジンさんポイポイしてないね、Aちゃんのテーブル、散らかってないね!Aちゃん、よく分かってエライね!」と言うと、とてもうれしそうでした。


散らかしても散らかしても、先生が片付けてくれる、親が片付けてくれる。ポイポイしてお皿からこぼれてしまえばオエ〜となるニンジンを食べないですむ、ということを学習したんでしょうね。


なので、一緒に片付けて2歳児なりの責任?を、大人と一緒に取りました。


叱ったりせず、スパルタでもなく、ただ、淡々と「うわー散らかってる、片付けよう」というスタンスです。


子どもがまだ小さいので、一人で片付けるのは無理なので、必ず大人が一緒に片付けます。


そして食べなくても大丈夫ということも伝えます。


もう少し年齢が大きい子どもだったら、もったいないとか給食の先生や食べ物への感謝なども教えてもいいかもしれません。


また逆にもっと小さい0歳、1歳の子供なら、まだスプーンなども使えないので、手づかみで食べたりするので、散らかることは当たり前と捉えた方がいいですね。


オエ〜となって、散らかし、遊びにしてしまうのなら、その方が良くないので、まずは散らかさない、ということを教えていくことにしたお話でした。


このAちゃんは、すぐに理解してもう次の日から散らかさなくなったので、対応がうまくいったパターンでしたが、そんなに簡単にいかない場合もあると思います。


でも、食べ物を散らかすのはよくないので、3歳に近い子供は一旦そういう対応を取るようにしようと先生達で対応を揃えるようにしました。


忙しくても、子供の理解度に合わせ、対応することには根気が必要ですね、

というお話でした。


エピソードなので、いつも話が長くなりがちですが、最後まで読んでくださりありがとうございました。





私がまだ30代くらいの時のお話です。

朝、登園してきた3歳児男児、おでこに包帯してきたので、びっくりしてその子のお母さんに話を聞いたら、

5歳児の兄が(段差の低い)階段からジャンプするという遊びをしていて、3段、4段と
ジャンプしていたのを見て、
3歳児の弟が、「オレもできる!」と3段目からジャンプして、うまく着地できなくておでこを打ち付けてケガをしたとのことでした。

お母さんは、たまたま側にいて、瞬時にこの子がジャンプしきれないと判断したので、慌てて止めたのですが、
間に合わず、、、ということでした。

兄ができてるから、オレもできる、
兄弟姉妹ではよくあることだと思います。

子どもには謎の万能感があり、できないことも「できるかも!」「できる!」って思ってしまうんですね。

それがお絵かきとかダンスとか危なくないことであれば、その万能感はプラスに働くので、なんでもチャレンジすれば良いですが、

自分の力量を判断できずに危ないことを
してしまうことがありますね。

体感覚というか、もうこれは危ないという自分の感覚以外には、大人がしつかり教えてあげないといけないことなので、

万能感ということも頭に置きながら、教えてあげるのがいいと思います。

よく男児がウルトラマンや仮面ライダー的なヒーローものになって、強くなったような気がして、高いところからジャンプしてケガするとか、加減が分からずに友達を叩いてしまうとか、色々なことがあると思います。

昔々は友達同士、ケンカして叩きあったとしても、親同士がそれも必要なこととして、お互い了解しあっていたような部分もあったので、
自分が叩かれたら痛いとか、転んだら痛くて血が出るとか、経験で分かることも多かったですが、

今はママ友1つとっても何かとトラブルになりやすかったりするので、大変ですが、

体験で体得できない環境なのであれば、もう大人が言って聞かせるしかないと思います。

子ども用ハーネスとか色々売っていますが、そこの是非は置いておいて、飛び出したら危ないとか、町中で走ると危ないとか、


ハーネスをつけていてもつけていなくても、躾として

安全いられるような躾は、しつこくてもいいかもしれません。



10年くらい前だったか、若い保育士さんが、子どもに言い聞かせるのが苦手でお散歩の時に保育士と手を繋がせるのに苦労していたことがありました。

急に手を振り払って飛び出して行こうとしてたので、私は「〇〇先生、しっかりお手々を繋いでね」と注意すると、



「だって、〇〇ちゃんが繋いでくれないんです〜」と言ったので、交通量が多い道路だったこともあり、

「子どもがどんなに嫌がっても泣いても手は繋いでください!」と厳しく注意したことがあります。

子どもが聞かなくても嫌がっても、しなくてはいけないことはしっかりやらせて行くことも大切ですね。



帰園してから、その若い保育士さんは、私に注意されたのが嫌だったのか、
「子どもの主体性が云々〜」と何か理屈の通らないことを私に言ってきたので、

「そういうのは主体性の尊重とは言わない、子どもの安全を考えての話だということを、もう一度考えてみてくださいね」と話しました。

(あとで、ちゃんと自分で咀嚼、理解し、気をつけます、と反省していました。分かってもらえて良かったです。)



なんでも自分でできる、という思いは大切で、それを尊重することも大切ですが、

子どもの発達を考えながら、、自分と信頼関係を築き、身を守るということが体得できるようにしていかないといけないということを話ました。

主体性という言葉が一人歩きしてるなー、と思うことが最近多いのでは、と思っていたら、昔々のことを思い出しので、ちょっと書いてみました。


子どもの特性、段階にあったチャレンジなのか、無理のあるチャレンジなのかは大人が判断してあげて、

その中で体験しながら、子ども自身もこれは危ないとか、痛いとか、できるとか、楽しいとか分かっていくと思います。



子どもがケガなく、事故なく健やかに過ごせますように。

お読みいただきありがとうございました。



今日は祖父母が孫に甘々になる理由を書きたいと思います。

祖父母がついつい孫を甘やかしてしまう、同居でも別居でもあると思います。
(無い人もいます)

私自身は長年保育士をしていたので、小さい子どもが好きなのは変わらないのですが、自分が年齢を重ねて、経験も積んでいくと、色々な子どもを見過ぎて、どんどん許容範囲が広くなっていくことに気付きました。

ごはんをなかなか食べない、なかなか寝ない、オヤツを食べない、友達とケンカしがち、、、

色々な悩みが子育てや保育にはつきものですが、自分の年齢や経験が上がってくると、

「まあ、大丈夫やろ、そのうちお腹空いたら食べるて。」
「まあ、大丈夫やろ、自分が友達と仲良くしたかったら、ケンカしなくなるし、たまにはケンカもするやろ。」と、

客観的に見ると「保育士してて大丈夫か?」と自分でツッコミたくなるような感情がありました。

もちろん仕事中は仕事なので、保育計画(カリキュラムのこと)もあるし、様々な決まりや成長の基準もあるので、できるだけその方向に向かうようにちゃんと向き合うのですが、(集団保育ということもあるし、保護者さんと相談しながら、時には意向を汲まないといけないこともあったり、そこの園の方針など、色々)



個人的な気持ちとしては、ゆる〜くなっていきました。

叱りすぎている保育士に「まあまあ、今日ちゃんとできなくても長い目でみたらできるようになるよ」と助言できるようになりました。

で、祖父母が孫に甘々になる理由ですが、個々人で違うかもしれませんが、
私が上述したような気持ちなのではないかと思います。

それと祖父母は自分の子育てが終わり、客観的な目でみて、自分の子育てを振り返ったりすることもあると思います。
その時に、自分の子育ての時には、「ああすれば良かったかも。こうすれば良かったかも。」などと後悔が湧いてきたりしているのかもしれません。

私と同じ年齢くらいの友人や先輩も、「若い時に、あんなにギャーギャー言わなくても、もう少し待ってあげて成長を見守ってやっても良かったなー」と思う場面があるということでした。



過ぎてみれば対応がわかる、でももう子どもは大きくなっている、みたいな感じでしょうか。


逆に、祖父母が熱心過ぎる、みたいなこともあるかもしれません。

これも理由は同じなのでは?と思います。

自分の子育てを振り返ってみて、「ああすれば良かった。こうすれば良かった。」「だから、この子にはちゃんとする。」という思いを孫に向けているのかもしれません。


いずれにせよ、愛情であることには変わらないのですが、色々な家庭があり一概には言えませんが、祖父母の関わりが親にできないことの補完になっていたり、クッションになっている場合もあるでしょうし、逆に過干渉になっていることもあるとは思うので、うまく話あっていけたらいいのにな、とは思います。


また、甘々になるのは、本当は自分の子どもにもそうしたかった、という気持ちの現れかもしれなませんね。


今日は久しぶりにこちらは青空が見えています。随分さわやかな気候になりました。


今日もお読みいただきありがとうございます。