サザンオールスターズ10th album
『稲村ジェーン』
(1990.9.1)




週間1位(2週連続、通算3週)

年間2位

※117.3万枚ミリオン達成
歴代サントラ盤ランキング3位
歴代日本映画音楽ランキング1位
(2023年現在)





M1.稲村ジェーン
M2.希望の轍
M3.忘れられたBIG WAVE
M4.美しい砂のテーマ
M5.LOVE POTION NO.9
M6.真夏の果実



M7.マンボ
M8.東京サリーちゃん
M9.マリエル
M10.愛は花のように(Ole!)
M11.愛して愛して愛しちゃったのよ






 90年1月に9枚目のアルバム『Southern All Stars』を発売すると、SASは1ヶ月後ツアーに出た。


『 Southern All Stars 夢で逢いまSHOW』


は、2月28日の横浜アリーナ4デイズで開幕し、ファイナル日本武道館4デイズの最終日4月28日まで、全27公演22万人を動員した。




 次のサザンのライブは12月31日の


『 年越しライブ 歌うサザンに福来たる at 横浜アリーナ』


のみであった。





なぜなら、桑田佳祐が初めて映画監督に挑戦した作品『稲村ジェーン』に全力を注ぎ込んでいたからである。




 映画公開ならびにアルバム発売に先行し、7月25日、28thシングル

真夏の果実

が発表された。

 初登場5位、週間最高4位に過ぎなかったこの曲は、年間チャート9位、累積売上47・3万枚におよぶ大ロングセラーを記録し、この年90年のレコ大最有力とまで噂された※※


 9月21日には、原由子&稲村オーケストラ名義で『愛して愛して愛しちゃったのよ』(和田弘とマヒナスターズ feat.田代美代子のカヴァー)がシングルカットされた。


※※サザン『真夏の果実』は、映画の主題歌として大ヒット。
時が経つにつれて、誰もが口ずさむ流行歌となった。

 90年度第32回日本レコード大賞の受賞は逃したものの、『ちびまる子ちゃん』の初代テーマソングである『おどるポンポコリン』(B.B.クイーンズ)と最後までデッドヒートを繰りひろげた。

 結果として『真夏の果実』は、
最優秀ロック・ボーカル賞、
ロック・ゴールド・ディスク賞、
作曲賞(桑田佳祐)、
アルバム賞『稲村ジェーン』など、

最多4冠に輝いた※※。






 こうした中、9月1日にアルバム『稲村ジェーン』が発売し、1週間後、同名映画が封切られた。




9月8日公開、桑田佳祐初監督作品『稲村ジェーン』は、年間興行収入第4位に輝くメガ・ヒットを記録した。

なお、劇中での振付はCM撮影で懇意となり桑田が芸名の名付け親となった、南流石が担当している。



初日舞台挨拶では日劇に立見が出るほど興行的成功をおさめたのに比して、批評的には賛否両論となった。

特に以前から交流があった北野武が、音楽100点映画0点俺ならもっと上手く撮れる、という主旨の論評をした。
これに対して、桑田も、タケシさんは若者の感覚が分かってない、という主旨で反論することで、論戦が展開され話題が話題を呼んだ。
後から反省するタイプの桑田も、この作品以降、才能がないからとして映画を撮っていない。大里と桑田も1度ビデオ化・レーザーディスク化しただけで、結局DVD化・Blu-ray化すらしていないのは残念だ。

【30年の時を経て、2021年6月25日 Blu-ray & DVD 発売された❗】


けれども、ジャパニーズ・青春グラフィティーのようで、なかなか魅力的な作品だった。
キャストも抜群だった。



それはこんなストーリーだ……




━━時は1965年。神奈川県鎌倉市の稲村ヶ崎。
若者たちは将来について悩みながらも、退屈な日常をなんとなく送っていた。

しかし、稲村ヶ崎には、とある伝説があった。

20年に1度ジェーンと呼ばれる大波が来る。もし、この荒波に乗った者は、愛する女性(ひと)と結ばれる、というのだ。そう、今年が20年目なのだ。

主人公の若者たちはがぜん色めきたつ。ちょうど街に美女が訪れる。サーフィンと最強のサーフボードづくりに励む若者たち。

だが、期待とは裏腹に、結局、夏休みは何事もなく終わろうとしていた。

若者たちはそれぞれの進路を思い出し、厳しい現実をつきつけられ、次々と我にかえっていった。



だがその時、雲行きが怪しくなり、稲村ヶ崎の海が荒れ始めた……







 サザンの音楽が映画をいっそう盛り上げる。冒頭の『マンボ』、スペインのフラメンコのシーンでの『愛は花のように』、クライマックスの『稲村ジェーン』と『真夏の果実』。

……そう、1965年当時、日本のポピュラー・ミュージックの主流はラテン・ミュージックだった。

『稲村ジェーン』は今もわれわれに、日本のラテン歌謡的伝統への追体験を迫るのだ。






 そんな映画のサントラ盤として9月1日に発表されたのが、サザンオールスターズ10thアルバム

『稲村ジェーン』

であった。







①『稲村ジェーン』

 アルバムの冒頭を飾った、とても神秘的なラテン・サウンドの傑作。イントロが神がかっている。映画ではいつ曲がかかるのかと痺れを切らした頃、絶妙に挿入される。

私は桑田佳祐の傑作の一つだと思う。またいつかライヴで聴いてみたいものだ。







②『希望の轍』

 桑田佳祐のソロ曲ではなく、サザンオールスターズの曲である。小林武史もアレンジにたずさわったこの曲は、今もライブの定番。

 五感、特に抜群な色彩感覚を感じさせられる曲で、ボブ・ディランの名盤アルバム『血の轍』への憧憬から発酵したように思う。
(2016年、桑田のソロ曲『大河の一滴』に、ディラン『血の轍』収録曲『ブルーにこんがらがって』が歌詞に登場したことは記憶に新しい。)




 この曲『希望の轍』を最初に聴いた瞬間の衝撃は今も忘れられぬ。

 JR茅ヶ崎駅の発車メロディにもなったこの曲の素晴らしさは、イントロにすべて集約されている。

 そればかりか、ブルース・スプリングスティーン『涙のサンダー・ロード』『バッド・ランド』を想起させる鉄壁のメロディ・ライン。

 さらにフィル・スペクターばりのウォール・オブ・サウンド。


 そして前述した見事なまでの色彩感覚は、ディラン『血の轍』の『ブルーにこんがらがって』に匹敵する。

 シングル・カットされなかった日本ポップミュージックを代表する畢生の楽曲だ。


 <人生=生涯の青春を旅に見立てたこの歴史的傑作>は、ライヴツアーを通じて完成された。









③『忘れられたBIG WAVE』

 アルバム『Southern All Stars』収録。ア・カペラ。






④『美しい砂のテーマ』
 インスト。


⑤『LOVE POTION NO.9』

 ビート・バンド=サーチャーズのカヴァー。渇いた名曲。桑田のボーカルの艶、説得力は圧倒的。







⑥『真夏の果実』

 映画のクライマックスとセットで名曲。初めてオンエアを聴いた時に感じたのはのちの『 TSUNAMI』と同様に、冒頭の桑田のヴォーカルの生々しさ。

 冒頭から抑えに抑えた抑制された歌唱とサビのケツでの見事な低音シャウト。桑田の歌唱が一挙にボルテージを上げるのは、実は大サビだけなのだ(♪こんな夜は 涙見せずに〜)。この大サビのシャウトに向けて桑田は序盤からタメにタメる。そしてオーラスの(♪涙の果実よ)での吐息を抜けさせる低音シャウト! すなわち、歌の上手いワタシがワタシがではなく、まさに楽曲そのものだけを輝かせる緻密で精密な直観的歌唱とはこれに他ならない。ここに桑田以外には誰にも真似できない、他の追随を許さぬ劇的な歌唱の秘密が隠されているのだ。

 さらに、人はどうしても自分のエピソードに引き寄せてこの曲に思い入れてしまいがちだが、この曲の生々しさ・苦さ・痛みこそが素晴らしい。これこそロック・バンドである。同時に『砂に書いたラヴレター』をも彷彿とさせる。小林武史のアレンジも素晴らしい。


この時点でサザンは日本のザ・ビートルズとなった。







涙があふれる 悲しい季節は
誰かに抱かれた夢を見る

泣きたい気持ちは言葉にできない
今夜も冷たい雨が降る



こらえきれなくて ため息ばかり
今もこの胸に 夏は巡る

四六時中も好きと言って
夢の中へ連れて行って
忘れられない Heart & Soul
声にならない

砂に書いた名前消して
波はどこへ帰るのか
通り過ぎ行く Love & Roll
愛をそのままに




マイナス100度の 太陽みたいに
身体を湿らす恋をして
めまいがしそうな真夏の果実は
今でも心に咲いている



遠く離れても 黄昏時は
熱い面影が胸に迫る







こんな夜は涙見せずに
また逢えると言ってほしい

忘れられない Heart & Soul

涙の果実よ








 だが、個人的には『メロディ(Melody)』や『いつか何処かで(I FEEL THE ECHO)』に、よりゴスペルやブルーズを感じるのである。


 そして『真夏の果実』はポップスであり、ロッカ・バラードなのだ。『いとしのエリー』に次ぐ、桑田版の『青い影』(プロコル・ハルム )だ。



マイナス100度の 太陽みたいに
身体を湿らす恋をして

めまいがしそうな真夏の果実は
今でも心に咲いている




という非の打ち所のない歌詞には参りましたと言うほかない。真夏および夏の終わりの歌で、こう描くことが出来るのは、(山下達郎『さよなら夏の日』と共に)桑田佳祐以外に誰にもできない。







⑦『マンボ』

 ズバリ、マンボで、実に65年当時のラテン歌謡曲の雰囲気にあふれている。

 ブルジーないなたい曲が続く所がこのサントラが名盤たるゆえんである。


 個人的には9thより10thアルバムのラテン・サウンド全面展開の方が好きだ。このアルバムは60年代日本のクワタ青春グラフィティ・アルバムである。







⑧『東京サリーちゃん』

 以前は、このアルバムで1番好きだった。個人的にはマディ・ウォーターズ3もしくは『マネー』『ヤーブルーズ』+『カム・トゥゲザー』(ビートルズ。レノン作曲)と呼んでいる。







⑨『マリエル』

 トリオ・ロス・パンチョス。







⑩『愛は花のように(Ole!)』

 アルバム『Southern All Stars』収録。フラメンコ。
 ラスト手前にもってきたことで引き締まった。実にこのアルバムはサザンオールスターズの音楽的世界観を無限に拡げたのであった。










⑪『愛して愛して愛しちゃったのよ』

 和田弘とマヒナターズが田代美代子とデュエットした曲をカヴァーした作品。原由子がリード。実はこのアルバムこそサザンオールスターズの音楽的ルーツを探りえた作品で、それは同時にわれわれに追体験をせまる力作なのである。


音楽は素晴らしい!、これが10th『稲村ジェーン』のすべてである。






この年の年間アルバム・ランキングは以下の通りだった。




1位 161.2万枚
『LOVE WARS』
松任谷由実



2位 117.3万枚
『稲村ジェーン』
サザンオールスターズ
(Southern All Stars and All Stars)



3位 80.2 万枚
『LOVERS』
プリンセス・プリンセス



4位 77.2 万枚
『tokyo』
渡辺美里



6位 70.7 万枚
『Southern All Stars』(初回限定盤)
サザンオールスターズ



14位 48.2 万枚
『Southern All Stars』(通常盤)
サザンオールスターズ





サザンとユーミンだけが10年間変わらず栄華を極め続けた。

そして、2023年の今もサザンが根強い支持を得ているその可能根拠は、栄光に輝いたその次の瞬間から、勇気をもってみずからを否定し、場所的かつ不断に<原始創造>を繰り返してきたその<作品至上主義>=<作品原理主義>にこそある。




「今回のツアーの選曲をするために、サザンの楽曲を全部聴いてみたんだけど、冷や汗が止まらなかったよ。サザンはもっといい曲がたくさんあると思ったんだけど、ほとんどダメだね。……特に、メンバーの演奏はいいんだけど、歌詞がダメ。俺なんで当時、こんなこと書いちゃったんだろうな……」(2013年胸熱ツアー直前、桑田談)




本能的に、桑田佳祐は過去の作品に満足せず、現に今つくっている作品(ポップス)に全力を注ぎ込み、世に出す作家なのだ。
サザンが、まずもって、最新作から勝負する、否、勝負できる所以である。



こうして、サザンオールスターズは二年後、日本ポピュラー音楽史上燦然と輝く不朽の名盤、‘’日本大衆音楽の万葉集‘’『世に万葉の花が咲くなり』を完成させるのであった。









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