サザンオールスターズ15th album 
『葡萄』
(2015.03.31)



週間1位
月間1位
年間7位


1980年代・1990年代・2000年代・2010年代
4世代13作連続オリジナル・アルバム1位


『第57回輝く!日本レコード大賞』「最優秀アルバム賞」受賞





【アナログ盤B面】

M9.東京VICTORY
M10.ワイングラスに消えた恋
M11.栄光の男
M12.平和の鐘が鳴る
M13.天国オン・ザ・ビーチ
M14.道
M15.バラ色の人生
M16.蛍










⑨東京VICTORY


 二枚組アナログ盤の一曲目を飾る。アルバム曲中、シングル・カットが浮上した曲だが、もしこの曲が大ヒット・ナンバーでなかったら、世間は驚嘆したに違いない。


 スピリチュアルなゴスペルの響き(アンセム)。
 ビリー・ジョエルのアルバム『イノセント・マン』、なかんずく『アップタウン・ガール』を想起させるドゥ・ワップ風コーラスの秀逸さ。

 切なくもブルージィでアコースティックな旋律。一転してアンニュイを振り切る、ボス(BOSS)ことブルース・スプリングスティーンの初期のアルバム『闇に吠える街(Darkness On The Edge Of Town)』 『ザ・リバー(The River)』を彷彿とさせる躍動感溢るるバンド・サウンド。


 そして全体のトーンは、ボブ・ディラン&ザ・バンドの『いつまでも若く』や、『アイ・シャル・ビー・リリースト』、『マイ・バック・ページズ』のように完成度が高い。
 何よりも桑田のヴォーカルが心地良さそうであり、これぞ<サザン・サウンド>の最高到達点だ。



 華やかなイベントの陰に隠れがちだが、2011年<3・11>東日本大震災・福島原発炉心溶融事故以後変わりゆく風景への哀しみと無常感…“疎開”、一抹の不安、山積する社会問題……けれども、2020年東京五輪開催も決定した今、希望を胸に前へ踏み出そう!-こうした現実変革的なサザンの意志がこめられている。





時が止まったままの

あの日の My hometown

二度と戻れぬ故郷




夢の未来へ Space goes round

友よ Forever young

みんな頑張って

TOKYO,The world is one!!



We got the victory.




 メロディアスでグルーヴィな成熟したブルース・ロック&ゴスペルに乗せ、終盤爆発する迫力・情熱は見事!

 まさに新たなアンセムが誕生した












⑩ワイングラスに消えた恋


 サザンのスタジオ・アルバム恒例、原由子がメイン・ヴォーカルをとるラテン歌謡。


 桑田は金井克子やいしだあゆみ、欧陽菲菲が壮大なビックバンドを従え、人生模様を歌うような曲、あるいは弘田三枝子のように、かつては全盛期にあった歌手が妖艶な魅力を漂わせてカムバックする姿をイメージした、と語っている。


 もう一つ、昨年2014年まで女性アイドルが一世を風靡したが、ふと原由子に、歌謡曲の王道を歌って欲しかったのだろう。そして、サザンオールスターズにおける原由子の存在感を若い世代に伝えたかったのだろう。

 とはいえ、原坊に『私はピアノ』のセルフカヴァーをさせたくない。その結果、『人生の散歩道』に続いて生まれたのがこの曲、石原裕次郎『ブランデーグラス』の女性版という訳だ。


 原由子のこの曲の歌唱力、表現力は抜群に素晴らしい。特に♪「そんな自分が容赦(ゆる)せない」のワンフレーズは絶品。

 この曲をハンドマイクで歌唱することをネガっていた原由子は、ライブツアーで、ついにサザンのセンター・ポジションに立った。




 そして、何度もこの曲を聴いて思う。


 それはこの歌が美空ひばりに匹敵する唯一の歌手『喝采』のちあきあおみがもし再びステージに立つ機会があるのなら、自分ならこの曲を捧げたい-そういう桑田佳祐の静かで熱い想いが込められた曲である、ということだ。

『雨に濡れた慕情』……こうした思いを原由子に託したのだろう。












⑪栄光の男


 歌謡ブルースに続くはブルージィなフォーク・ロック。新旧サザンファンに抜群に受けている曲だ。

 ジャクソン・ブラウン『孤独なランナー』と、ボブ・ディラン&ザ・バンドの『地下室(ザ・ベースメント・テープス)』の風情。

 『MUSICMAN』の三拍子そろったサウンドと『孤独の太陽』で追求したディラン、さらに吉田拓郎のメッセージ性であらゆる世代に訴えかけようとしている。ここに、サザンオールスターズと桑田佳祐のソロ活動は、良い意味でシンクロしたのだ。

 ストレートなフォーク・ロックとエッジの効いた骨太なヴォーカルは桑田にとっても久々で、味わい深い名曲である。


 長嶋茂雄の国民栄誉賞授与式を見た桑田が、青学時代に長嶋の引退セレモニーを見た「俺」を思い出すという構造になっている。

 「信じたモノはみな/メッキが剥がれてく」という歌詞が重要で、自分を含む受け手の側の刹那性をこそ浮き彫りにしている。“俺の大学生活、音楽活動はこんなはずじゃなかった”……理想と現実の裂け目……「永遠」に変わらぬものなどない、常に挑戦し変わってゆくことで、「永久に不滅」たらしめねばならないのだ。だからこそ、サザンもまた甘えず挑戦し常に時代を切り拓いてゆくと自らに言い聞かせているかのようだ。
 桑田はほろ苦い現実に哀しみを叫ぶ。


 さらに、サビや二番では "幸せ" がテーマとなってゆくが、学生時代と<3・11>以後の現在に重なる<時代の閉塞感>をアンチテーゼとして措定し歌っている。



I will never cry.この世は弱い者には冷たいね終わりなき旅路よ明日天気にしておくれ



 今日、“弱肉強食・優勝劣敗”の「市場原理」至上主義を根幹とした新自由主義的な諸政策-<大増税と社会保障制度改悪、労働諸法制改悪に原発再稼働など>-がわが労働者・人民の頭上に矢継ぎ早に降り下ろされている。
 かかるアベノミクス諸政策を貫くイデオロギーは、“社会的弱者”を早く死ねとばかりに冷酷非道に切り捨てる、ファシズムの「優生」思想の今日版にほかならない。





強くあれと言う前に

己の弱さを知れ




2016年発表、桑田佳祐『百万本の赤い薔薇』より




 だからこそ、桑田佳祐は直観的にだが、新自由主義的諸施策にヒューマニズムを対置し、問わず語りに告発せずにはおれないのだ。


 1974年頃の青学学生時代の想い出を今ように脚色したこの曲と対になるのが、2016年に桑田名義で発表された『大河の一滴』だ。



 この曲をもって、このアルバムはシンプルだが、実に味わい深く深まりゆく。








平和の鐘が鳴る

 サザンオールスターズのお家芸、ハチロク(8分の6拍子)のロッカ・バラード。

 NHKスペシャルを観た桑田がイメージをわかしたとされるこの曲は、亡き父や母の面影から醗酵したという。

 『きけわだつみの声』(岩波文庫)を想起させる歌詞も素晴らしいが、まさにジョン・レノンが作詞・作曲したザ・ビートルズの『ビコーズ』へと昇華した。
 桑田佳祐とは37年にわたって「悲しみの青空」を唄ってきた「歌うたい」なのだ。このことをわれわれは片時も忘れてはならないように思うのだ。


 美空ひばり『悲しき口笛』に匹敵する曲が完成した。なぜなら、この曲で桑田は戦中から戦後日本の道のりと、<3・11>以後のこの日本(くに)の歩みそして明日を、万感の想いを込め重ね合わせているのだからである。





この世に生かされて悪いことも良いこともどんな時代だろうと人間(ひと)が見る夢は同じさ

の歌唱が素晴らしい。戦中も、戦後も、<3・11>後の今も、<戦争と平和>……。桑田佳祐のイマジネーションが静かに叫びをあげる時、<愛と希望>を無性に歌わずにはいられないのだ。


 はたけやま裕のチューブラーベルズの鐘の音、金原千恵子ストリングスの弦の音といいサポート・ミュージシャンが、このジョン・レノン風のロッカ・バラッドに魂を刻んだ。

 ツアーでは、この曲と『蛍』が沖縄公演で響き渡った。戦争政策と雇用のジレンマに苦悩する、「南国」沖縄労働者・人民の歓びも悲しみも共有するかたちで。









⑬天国オン・ザ・ビーチ


 この曲がなければ、このアルバムは画竜点睛を欠くというものだ。終盤の渾身の三連打に向け、トータル・アルバムとしては抜群のアクセントとなっている。


 ハナ肇とクレージーキャッツやザ・ドリフターズ、そして永井豪の同名漫画をモデルとした『ハレンチ学園ソング』に着想をえた桑田が即興で作った、下衆の極み≪ハレンチ≫Rock'n Roll。

 だが、この曲のCメロの格好よさと桑田のシャウトは侮れない。

ライブでは「ザ・ビーチギャルズ」を初めとしたダンサーズも弾ける。











 ここから3曲流れは音楽ファン垂涎の完璧な完成度を誇る。


 ハレンチ・ロックンロールからいきなり始まるデヴィッド・ボウイ『ジギー・スターダスト』の世界。

 ブリティッシュ・ロックからグラム・ロック、果てはアコースティック・サウンドが盛り込まれている。


 桑田においてデヴィッド・ボウイ、美輪明宏、さらに『愛の讃歌』のエディット・ピアフ、さらには『ジョアンナのヴィジョン』のボブ・ディランがシンクロしたのではないか。


 フェデリコ・フェリーニ『道』のラストシーンのイメージから転回したと思われるこの曲は、桑田にとって一介の「歌うたい」の歌へと昇華した。


 年越しライブの騒動があってから作詞し、ラストに歌入れしたこの曲は、桑田にとって、ブルースの最高傑作『クロスロード』の位置づけとなった。

 まさに、桑田佳祐が一介の「歌うたい」として生涯歌い抜く決意を成立させた独唱曲。哀切の詩人・日本のスモーキー・ロビンソン、桑田佳祐の面目躍如。








バラ色の人生


 素晴らしい名曲だ。

 アコースティック・サウンドを基調としたカントリー・テイストのアメリカン・ロック・タッチが輝く。

 ジョージ・ハリスン、ボブ・ディラン、ロイ・オービンソン、ジェフ・リン、トム・ペティが結成した覆面バンド「トラベリング・ウィルベリーズ」とジャクソン・ブラウンをイメージした曲と桑田は語る。

 個人的には、ウィルベリーズの『ハンドル・ウィズ・ケア』や、ザ・バンド『ザ・ウェイト』『オールド・ディキシー・ダウン』、サイモン&ガーファンクルの『アイ・アム・ア・ロック』を想起させられる。

 シンプルでありながらも美しく、鋼のように力強い偉大なサウンドだ。


 ネット社会に対して「アナログ人生」を対置する桑田佳祐は実に生き生きとしている。このシニカルな曲には少しも突き放した感じがなく、優しくも楽しんでいるかのようだ。



「愛の魔法で/君を酔わせて

裸のままの自分を/曝け出したいな

恋の波動で/胸を焦がして

横一線の世間を/嗤ってやりたいな


自由でありたいな」♪



のか所の歌詞、サウンド、メロディ、ヴォーカルのすべてが素晴らしい。

 この曲は<真の自由>についての歌なのだ。

 桑田は、ラストのこの♪「自由でありたいな」のか所だけは、♪“自由で、あり、た~い、なぁ、”と願望として表現し歌っている。このアルバムは歌詞やフレーズごとにまるで歌い方や表現の仕方が異なるのだ!



 ツアーではサビで一転して『波乗りジョニー』のように盛り上がった。

 「自由」を歌う桑田佳祐の新たな傑作の誕生と言い切りたい。
 この曲の仮歌タイトルは「アナログ人生」だそうだが、さらに桑田名義『ヨシ子さん』ではこの「アナログ人生」がさらに深められた。













 この曲も演奏と歌唱のバランスを変えたことで、蘇った。

 ポール・マッカートニーの『マイ・ラヴ』やビリー・ジョエルの『レニングラード』さらにエルトン・ジョンのように美しく深みがあるメロディーだ。



 お国のためでも天皇のためでもない、愛する人のために・自分を待つ家族のためにこそ、生きて帰らん-これは学徒出陣兵の手記『きけ、わだつみの声』(岩波文庫)の一学徒兵の声でもある。




 いつか来た道を二度と繰り返さない-そのために桑田は国家と国家によって犠牲となった魂(声無き声)に命を吹きこんでいるように思える。

 それはやがてまた同時に<3・11>で犠牲になった方々や、桑田が亡くした血縁・知人への鎮魂歌であり、2013年現在の「平和」への祈りでもあるのだ。


 本気でこの曲に耳を傾ける者にはサザンのメッセージがきっと伝わってくるはずだ。これは 21世紀の"誓い" の調べなのである。







夢溢る世の中であれと

祈り






 この曲以外にアルバム『葡萄』のラストを飾る曲はあり得ない。


ジョン・レノンの言葉を借りるなら、戦争という名の負の遺産を、次の世代に残してはならないのだ。
どの曲でアルバムを締めくくろうかと悩んだが、やはりこの曲しかないと思った。
」と桑田も語っている。



 蛍舞う-弔いの歌は優れて、誓いの詩(うた)なのだ。







 以上のことから、サザンオールスターズ10年ぶりのオリジナル・アルバム『葡萄』は、彼らの音楽知の一切をこめた今の時代(2010年代)と向き合った渾身の傑作だと思うのだ。

 よくぞ命の重み、<3・11>以後の今を描いてくれた-このことを聴衆の一人として、サザンオールスターズと分かち合いたい。











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