中学生の頃からロックが好きで、漠然と28歳で死ぬんだと考えて生きてました。



残念ながらそこまで才能がある訳でもないので、ジミヘンもカートも年下になってしまいそう。



なんか最近よく考えるのは、こうやって生きてるとなんだか、生きたい理由よりも死ねない理由が増えていってるなーって。
生きたいと思えるほど楽しくも辛い訳でもないけど、今死ぬ訳にはいかない、みたいな。
叶えたい望みより、果たさないといけない約束が増えていく毎日。




この前、2人続けて友達から役者を辞める話を聞きました。
今までだってそういう人は何人か見てきたし、そういう話もたくさん聞いてきたけど、近い所でそういう話を聞いたのは今回が初めてで。


まぁ勿論ショックはショックだったけど、同時にどこか彼らに対してすごいなと思っていた自分がいるのも事実で。



なんか、役者でいる、ということは、強くある、ということと同義だと思っていたけど、もしかしたら、弱いままでいる、ということなのかもと思ってしまった、気付いてしまった。

まだ全然辞める気はないし辞めるつもりもないけど、死ねない理由が積み重なって身動きが取れなくなって、僕が弱いままではいられなくなった時が、僕が役者というものに見切りをつける時なのかもな、とふと考えてしまいました。




動じないこととか、見切りをつけることが大人になるということで、それが世に言う強さなのだとしたら、優しさというものはこの社会では弱さになってしまうのかもしれない。
いい歳こいて、と自分でも思うけれど、まだまだ僕は大人にはなれなさそうで。
この世界が強くなければ生きていけない世界だったら、いっそのこと僕は僕のまま、僕の世界に対しては弱くあろう、とちょっと前向きになれた気がする。



愛は愛ではなくて、区別と差別だっていうのがすげー好きな台詞なんだけど、どこの台詞だったっけな。ヴィンランド・サガかな。