「土からの(いざな)い」

 

 長い間放置していた小さな庭の一部を、業者に整えてもらうことにした。家の周りを心地の良い場にしたい、植物と向き合って手入れすることにも慣れていきたい。今まで、何からどうして良いかわからず途方に暮れていた庭の、仕切り直しができそうで嬉しかった。  

 雨が降ると水浸しになっていた足元をレンガ敷きにして、その向こうの地面は一部の草木を掘り起こし、土壌改良をしてもらった。自分でも、玄関先の花壇の土を入れ替えて、初心者向きの花苗を買ってきて植えた。

 

 日がよくあたる場所は少しだけれど、プランターにミニトマトと小ネギの苗を植え、枝豆の種も蒔いてみた。ある程度土を入れたところで、十本の指を差し込むようにして土の中を少し密に固めていく。ふと、土の上に手を開いて置いてみた。手のひら全体が土の表面に吸い付いていく。なんて気持ちが良いのだろう。土を握ってみる。新鮮なのに、なぜか懐かしい。手のひらから何か余分なものを吸い取ってもらっているような、新鮮な感覚だった。

 

 数日後、大雨のあとのプランターが気になって夜の庭へ出た。突然、足元から土の塊が、びょんっと三十センチほど先へ動いた。驚いて恐る恐る見てみると、握りこぶしぐらいの大きさのヒキガエルだった。ゴツゴツとしたイボ状の皮膚表面が、海岸の岩場のように濡れ光っている。庭でヒキガエルを見たのは初めてで、あまりの驚きにしばらく見入っていた。艶のある黒い目で姿勢よく夜空を見上げている姿は、美しくて息をのんだ。

 この小さな生きもののおかげもあって、庭へ出る気分が今までと全く違ったものになった。庭の番をしてくれているのかもしれない彼が棲むところを、せめて木や植物が育ち、風が通り水が循環する、生きた場にしたい、という思いが膨らんだ。

 

 強い雨に耐えてしっかりと根を張り始めたミニトマトは、硬い毛で覆われた茎芽の中から小さな黄色い花を咲かせた。土を持ち上げて出てきた枝豆の萌黄色の芽や、伸びてきた産毛だらけの柔らかい葉は、生のよろこびにあふれているようだった。小さなプランターの中で日々ものすごいことが起きている。彼らからの伝言をこれからも受け取り続けたい。

 

 玄関先の花たちは、仕事に出かける夫や娘を微笑みながら送り出してくれている。共に暮らす仲間が増えたことで、水やりも、よろこびの「しごと」になった。

 こちらが手をかけて育てているつもりだったが、自分のほうが、眠っていた種を育ててもらっているのかもしれない。