思考の風景スケッチNOTE

思考の風景スケッチNOTE

横浜を中心に、高齢者施設や個人宅、健康ステーションで、
爪切りやリフレクソロジーを行なっています。
好きなことは、読む書く・ピアノ・コンテンポラリーダンス。
「色・言葉・音楽・絵・自然」がテーマです。

 

今年4月、6月、

「大人の遊び場」的な自宅カフェを開いている友人からの提案で、

「歩きかたワークショップ」を開催することができた。

 

歩きかた指導を得意とする友人と二人のユニット「足日和(あしびより)」。

彼女と一緒に、考え続けてきたこと・・・

 

「正しい歩きかたとは?」

 

「全身の筋肉をちゃんと使って、気持ちよく歩くために必要なことは?」

 

 

日常に取り入れやすく続けやすいものを、と

模索してきたオリジナルの【ゆるめるワーク】も、

今では私自身の大切な日々の習慣になっている。

 

やればやるほど、立ち姿勢・歩きかたというものが、

いかに大事なものか、を実感しているところである。

 

自分の体を感じ体の声を聴く、ということは、

自分で自分を整える、ということだった。

 

・・・

 

まだまだ試行錯誤中ではありますが、これからも

ご縁のある方々と一緒に考えていくことが出来たら嬉しいです。

 

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このたび、改めまして

自分の考えていることを表現していく場として、

noteを始めました。

 

引き続き、お読みいただけましたら幸いです。↓

 

歩いてつながる◎おおばのりこ|note

 

noriko

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  国立近代美術館の「ヒルマ・アフ・クリント展」に足を運んだ。巨大なキャンバスに描かれた抽象画がずらりと並ぶ薄明りの広い空間で、椅子に腰かけてゆったりと気の済むまで絵と共に過ごした。軽やかに舞うような筆の運びや、穏やかな色の重なり合いが、永く時を重ねた経験の厚みにも瞬間的な感情のほとばしりにも感じられて、引き込まれた。

 

 その日一番心惹かれた一枚「祭壇」の階段状のグラデーションの色が懐かしく響いた。深い赤褐色から黄褐色に変わっていく部分に自然と目がいく。自己、熱量、過程、本質、味わい、深み。自分の中に浮かぶ言葉を書き留めて数日後、ある経験にたどり着いた。

 

 十年前、友人主催のアートクラスに参加した。そこは、いろいろな「木」の近くで様々な画材とともに、誰もが自由に「自分との対話」に没頭できる場だった。身も心もゆるんで絵筆を持ち手を動かして、三原色から無限にできる色の魔法に心おどって戯れた。

 

 絵筆をぐるぐると大きく丸く動かしたい衝動に駆られ、ただひたすらに色を重ねると思いがけない色が現れる。「こんな感じ?」「いや、違う、そうじゃない、もっともっと!」自分の中にこれほど猛烈にあふれ出るエネルギーがあったのか、と驚いた。徐々に高鳴っていったあの熱い高揚感は忘れられない。今は抑えなくていいんだ。自分なのに自分ではないような不思議な感覚だった。晩秋の紅葉の深い橙色から、イチョウの枯葉の黄土色へ、さらには日没直前の雲間に射す太陽光の黄金色へと変わりゆくようなグラデーションになった。

 

達成感とも疲労感とも違う、からだじゅうの興奮冷めやらぬ余韻、どこまでもひろがる解放感。はじめて出会う満ち足りた自分がいた。木の葉の色が日々変わっていくように内面の色も変わっていく。ほんとうの自分とつながる道の入り口へと、色の奏でるハーモニーが響き導いてくれたのかもしれない。

 

noriko

 

 

 

 

 

一枚の葉っぱが

黄色くなって 縮れてきて 

細かいシワが増えて 黒いシミが広がって

つついたら崩れそうに カラカラに乾いて

ある日 とうとう はらりと落ちた

 

焦げ茶色の 真ん中の背骨は 未だ凛として 

葉脈は 透かし模様のように光っていた

台所で顔をくしゃくしゃにして笑うおばあさんみたいに

あかるくて

畑で真っ黒に日焼けして仕事するおじいさんみたいに

どっしりとして

 

いつ生まれたのか

いつ死んだのか

だれが決めたのか

 

ほんとうは はじまりも終わりもない

めぐりめぐる 見えない光の営み

 

 

____言葉の種子をはっきりと感じる方法、それは書くことだ。

思ったことをどんどん書くのではなく、書きながら自分が何を思っているのかを

確かめるように書くんだ。考えたことをそのまま文字にするんじゃなくて、

むしろ、書くことで自分の心のなかにあるものを知るように書くんだ。_____

___________________若松英輔著『読み終わらない本』より

 

数年前から、書くことで自分と向き合うようになって、

自分のなかでいろいろなことが大きく変わった。

だんだん変わってきたという実感はあるが、

何がどう変わったのかについては、うまく説明できない。

 

思いをめぐらせると浮かぶのは、

「自分がどうしたいか?を、まず自分に問うことができるようになった」ということだ。

 

どう動けばよいのか、どうしたら良いのかわからないとき、

些細なことでも、人に聞いてから考えて動いていた。

誰かに聞いてもらわないと自分では整理できないと思い込んでいた。

周りの人の事情を考慮して、自分の本意は見ぬふりをした。

 

結果的に同じ行動をしたとしても、

そこに至るプロセスが全く違う。

いつまでも「自分と、ちゃんと向き合っていなかった」気がする。

 

自分に問うてみても最初は「わからない」だった。

それでも書いてみた。

「わからない」と書いてみた。

向き合い続けるうちに、

「わからない、けど、何となく(この件に関しては)気が進まない。」と

書いてみて初めて、

「あぁそうだ、私は気が進まないのに仕方なくやっていたんだ」と気付く。

この「何となく」が大事だったのだ。

 

「何となく」の思いは、ぼんやりとした影のようなもので、

確かにあるのに、言葉で象られることがなければ消えてしまう。

あえて「言葉にしてみる」=「書いてみる」ことで

自分の素直な気持ちに気付く。

そんな繰り返しで、だんだん「自分に正直でいることの気持ちよさ」を

深く感じられるようになっていったのだと思う。

 

書いてみなければ、わからなかったかもしれない。

日々の記録のような日記を書いていたとしても、たどり着けなかったと思う。

「自分の心のなかにあるものを知るように書く」ことで

やっと自分と出会えたような気がする。

 

書き続けてみたい、と思う。

自分から、どんなものが生まれるのか、

生むためにはどんな自分で在ることが必要なのか、

考え続けたい。

人生の限られた時間を費やしてでも決して惜しくない、

それほどの価値を感じている。

 

noriko

 

 

 入院中の義母の付き添いで、山陰の海に面した小さな町で五日ほど過ごした。面会時間は短いものだったが、義母と一対一で向き合うことができて、ここのところ交代で会いに行く私たちにとっては、かけがえのない宝物のような時間になっている。 

「母さん、また来るけえね。」「ありがとうねえ。気を付けて帰りんさいよ。」

帰り際の会話の何だかせつないような余韻とともに、特急列車に乗った。山あいに点在する赤土色の瓦屋根の集落を、列車はゆったりと進んでいく。雲間から刺す日光は、雲の層の断面を鮮明に浮かび上がらせている。

 

 ふと、からだがほんの少しずつゆるんでいくことに気が付いた。冷凍庫から出したばかりの氷の塊が、時間の経過とともにゆっくりと溶けていくように、体はたしかにゆるんでいく。乗り換えて四時間後、新幹線を降りる頃にはお腹周りも柔らかくなっていた。

 

 夫の生まれ育った山陰の町は自然豊かなところで、昔、家族で数週間滞在したのも懐かしい義父母との思い出深い地である。思い起こせば、期間限定の滞在ではいつも自分の身の置きどころを決めあぐねていた。人と話せば「長男の嫁」と名乗ることでそれらしく振舞い、それ以上のつながりを作ろうとはしてこなかった。自分で作った役回りで、無意識に体をこわばらせてきたのだろうか。体は正直だ。

 

 帰宅して台所に入ったとき、「あ、帰ってきたんだ。」と思った。日々の台所しごとの習慣は、自分の選んだ食材、食器、道具に囲まれて、自分の自由な意志によって為されてきた。台所は、自分にとって大切な「自らに由る場」であったのだ。

 

 不自由を生きることで自由を感じられるのかもしれない。さまざまな思いが行きつ戻りつしながらも、不自由の道を自ら「自由に」選んでいたのだ。その道でしか拾い集めることのできなかった光る小石もあっただろう。これから一つ一つ取り出して愛でてみたい気がする。

 

noriko