
____言葉の種子をはっきりと感じる方法、それは書くことだ。
思ったことをどんどん書くのではなく、書きながら自分が何を思っているのかを
確かめるように書くんだ。考えたことをそのまま文字にするんじゃなくて、
むしろ、書くことで自分の心のなかにあるものを知るように書くんだ。_____
___________________若松英輔著『読み終わらない本』より
数年前から、書くことで自分と向き合うようになって、
自分のなかでいろいろなことが大きく変わった。
だんだん変わってきたという実感はあるが、
何がどう変わったのかについては、うまく説明できない。
思いをめぐらせると浮かぶのは、
「自分がどうしたいか?を、まず自分に問うことができるようになった」ということだ。
どう動けばよいのか、どうしたら良いのかわからないとき、
些細なことでも、人に聞いてから考えて動いていた。
誰かに聞いてもらわないと自分では整理できないと思い込んでいた。
周りの人の事情を考慮して、自分の本意は見ぬふりをした。
結果的に同じ行動をしたとしても、
そこに至るプロセスが全く違う。
いつまでも「自分と、ちゃんと向き合っていなかった」気がする。
自分に問うてみても最初は「わからない」だった。
それでも書いてみた。
「わからない」と書いてみた。
向き合い続けるうちに、
「わからない、けど、何となく(この件に関しては)気が進まない。」と
書いてみて初めて、
「あぁそうだ、私は気が進まないのに仕方なくやっていたんだ」と気付く。
この「何となく」が大事だったのだ。
「何となく」の思いは、ぼんやりとした影のようなもので、
確かにあるのに、言葉で象られることがなければ消えてしまう。
あえて「言葉にしてみる」=「書いてみる」ことで
自分の素直な気持ちに気付く。
そんな繰り返しで、だんだん「自分に正直でいることの気持ちよさ」を
深く感じられるようになっていったのだと思う。
書いてみなければ、わからなかったかもしれない。
日々の記録のような日記を書いていたとしても、たどり着けなかったと思う。
「自分の心のなかにあるものを知るように書く」ことで
やっと自分と出会えたような気がする。
書き続けてみたい、と思う。
自分から、どんなものが生まれるのか、
生むためにはどんな自分で在ることが必要なのか、
考え続けたい。
人生の限られた時間を費やしてでも決して惜しくない、
それほどの価値を感じている。
noriko