これは難儀なことになった。既に二人前の船賃はなく、はるかな国道での帰投が只ひとつの選択肢か?あるいはニ号車をおいてひとりふねにのれば、いやニ号車は国道でさえも帰れない。 


この状況でもT子との約束を思い切ない。連絡先さえ交わしてないのでチケットチケット売場でかなりの時間待っていたが既に手続きおえたのか、そこでは会えなかった。そのうちニ号車が私の不信な動きに気づいたので話した。>気にしないで乗れと云う。いいやつだ、いやなやつならおいていけるのに!


T子は乗船した?乗れない事情ができた?乗り込んでもう寝た?・・・・会えないままふねを見送った。船内呼び出し二回ほど、コンシェルジュへメッセージ。それが精一杯の打ち手だった。無念。   


いったんいろいろを諦めたら気がかるくなった。あのふねと競争だといいながら日暮れの港をあとにした。
下船ゲートが開くまでみんなエンジン始動をまてない。排気ガスまみれになってやっとふねをおりる。と、T子が手を振っている。そのままバイク走らせ手でこたえつつ、お互いに旅の息災を祈りつつ。


五日間かけて仲間と走りながらいつもうわの空、何しても帰りのことばかり。ドキドキ

あるガソリンスタンドガソリンスタンドで給油終わると、なにを急いだのか一号車が国道を走りだした。後続の私が取り残されたが一台が帰ってきた。すぐに追いかけたけど、なにを迷ったのかはぐれてしまった。なんと二台とも一号車のトランクに荷物預けたまま。もう一台は財布がま口財布さえも。


携帯携帯などない時代こと、三日間連絡を試みたが再び一号車に会うことなく下関で出船をまつ夕方、私のバイト代だけでは二人前の旅費は負担が重い、自宅に連絡したら一号車は予定より早く帰っていた。ここなら絶対合流できるとおもっていたのに。

ゴールデンウイークは、雨降りのイメージがある。いつもオートバイで遠くまで出かける計画をした。でもレインウェアーの出番が無かった時はないのだ。雨が降り出してすぐにそれを着込むことはしなかった、路面が濡れてきてお日様が挽回することはないのを見届けるまで我慢するのがお決まりだった。そのうち、リアボックスにはヘルメットだけでなく2つめのレインウェアーを積んで出かけるようになっていた。




瀬戸内航路は大きな架け橋をくぐるイベントがあるので夜中でもお酒を片手にデッキに出てくる人がおおい。航路案内には、現在位置をランプで知らせている、港を出てから深夜頃に瀬戸大橋に至る。キャーキャー言いながら写真を撮る人たちに>写真撮りましょうか。>明日はどこまで行くの?>寒いね、中で一緒に暖かいコーヒーどう?>>客室のパントリーでお湯をもらい、インスタントのコーヒーをすすりながら、即席の合コン。ここまでは普通なんだけど、旅の始まりではいつも寝付けない興奮状態なのでいつまでも世間話とか、九州での立ち寄り先とか。

 


仲間が先に寝るからとT子と取り残されたかたち、まだ眠くないと再びデッキへ行くと、今度は海峡に沢山の船といくつもの連なる架け橋。ミスティな空気に不思議な風景。帰りの船便の話をしたら私もそれにのるわと答えた。一等取ってるねとも。


そのことがあって、かえり道がとても待ち遠しい旅になった。