私の近所(つか歩いて1分)に安売りスーパーがあります。


近隣のスーパーでもかなり安いです。

そのためか、あまり良い言葉ではないですが、

良くない客層の方がちらほらといらっしゃいます。



良くない客層といってもクレーマーとか、意味不明ないちゃもんを

つけるような客というわけではないです。



ただ、他人の迷惑を考えず平気で狭い通路で携帯を

やって立ち止まっていたり、

レジ街で並んでいるときに床に置いたかごを足で

蹴りながら並んでいる人などがいます。


特に足をかごで蹴っている方はオッサン等ではなく

50代ぐらいの女性の方でした。



そのような姿を見ると、やはり気分の良いものではありません。



確かに生きていくうえでは品や、

行いの醜悪などは関係ない科も知れません。



しかし、それでは猿と変わりないとは思わないでしょうか?



行いの醜悪を気にし、品良く振舞うということは

その人の習慣に影響を及ぼし生き方にも影響を与えます。



品のある行動を取るようにする。

それは人生をより良く生きていくことにつながり、

人生をより良くしていくことになると私は思います。




私はなにも何事にもすましたお上品ぶれ、と

言っているわけではありません。

お上品ぶることと、品良く振舞うということは

似て非なるものです。


人の迷惑にならないか

みっともなく見えないか

醜悪な行いに見えないか


そういうことに少しだけ気をつけることを

品良くすると言うことだと私は考えます。




もし、これを読んでちょっとでも気に掛かったら

普段、家の外で(正確には家の中でも)少し普段の

自分自身の行動を気に掛けてみてください。



若い方はみっともない大人にならないように、

大人の方は子供や若者の手本となれるように

品良く生きていきたいものです。



なんか、3日くらいずっとアクセス者数が20人くらいになっています。


定期的に見てくださっている奇特な方がいらっしゃるのでしょうか?




今日は何しているんだかわからないうちに時間が過ぎてしまいました。

なんとも言えない後悔。


ですが、ぼんやりとして過ごすというのが最も

贅沢な時間の使い方なんですよね。

今、TVタックルが流れているんですが、企業の最低賃金保証について

触れていたので最低賃金保証について考えて見ましょう。



労働者の時給を最低1000円にします!!




素晴しい考え方ですね。

民主党の方々にはシステムシンキングの本の熟読をオススメします。



システムシンキングについての紹介はまたいつかしたいと思いますが、

最低賃金を1000円に上げるとして起こりうる現象を予測してみましょう。



最低賃金を1000円にする

労働者の所得が増える

購買力が増す            

↓                

企業の売り上げが増す

賃金が増える



という拡大ループを民主党の方々は想定しているのでしょうか?

(システムシンキングのループ図とは書き方がちと違うのですが

実際に書こうと思うと面倒なので上のように簡略化してます)



で、あるとすれば現象に掛かる要素数が少なすぎると思います。

特に、現在の経済が冷え切っているという経済活動の全参加者の

心理を一切考慮していないと思われます。


私は下のようなループを想定します。



最低賃金を1000円にする

労働者は不足の事体に備えて貯蓄に回す

消費が増えずに給与負担が増えて

企業負担が増加する

労働者を解雇する  →  既存の労働を少労働者で行わなければならなくなる

失業者が増え、消費に下降圧力が掛かる



このような形で負の方向に社会のループが動くと私は考えます。

2年ぶりくらいにバランシングループ書こうとしたら思うようにかけなかった……。

全然関係ないですね。




民主党はどうも子供っぽい理想だけで現実を見ることをしていないような気がします。

まぁ、私は物凄く民主党が嫌いですから、どうしても

色眼鏡が掛かっているという点は否定はしませんが・・・。

遂にブログ書かない日が出てしまいましたね。



見事に一週間坊主です。

というか、一週間ももってないですね。



実のところ、今日書いた内容も一昨日書こうと思っていたテーマなんですが

一昨日は残業で遅くなって結局ごまかし内容しかかけませんでしたし、

昨日は朝の8時に家を出て帰ってきたのが今日の2時ぐらいだったので

全くかけませんでした。



本当は今日も2本くらい書きたかったんですけどねぇ。



帰ってきたのが2時で寝たのが3時なのでおきたら11時になってました。

で、平日できないことをこなして帰ってきたらもう5時ごろで結局一本しかかけませんでした。



ちなみに今日は髪を切ってきました。

最近の若い人は男性でも美容院とやらいうオサレな場所で

髪を切っているみたいですが、25歳の私は床屋に通っています。


この床屋、かれこれ23年に渡る大常連です。(其処以外で髪を

切ったのは人生通算で5回もないです)

恐らくその床屋が続いている限りは通うでしょう。


床屋の親父さんも大分歳を取ってきているので

いつまでその床屋にいけるかはわからないところですが、

親父さんの健康と長い商売を願うとしましょう。

今回は道を歩いているときに思っていることを伸べたいと思います。



最近、というよりも携帯電話が普及した頃から何かを見ながら

道を歩く人が増えてきています。

さらに、携帯ゲーム機やポータブルDVDプレイヤーが大人にまで

普及するようになってからはその人口はさらに増加傾向にあります。



皆さんもつい何かを見ながら歩いてしまうということがありませんか?



今回はそのことについてやったことがある、或いはやっている方々に

対してやめて欲しいなぁ、という私の意見を述べます。



最近の日本人は公共の場を公共の場として認識できなくなって

きているのではないかと思います。

公共の場とは不特定多数の人が利用する場所、つまり言い換えれば

人の迷惑になるようなことは慎みながら活動する場所と言えます。


公共の場であるという認識の欠如するところ、大勢の人が歩いている

道や乗り換え駅の構内などで平然と携帯などに注視して周りの人の

歩く速度を無視してふらふらと右へ左へ歩いて多くの人に迷惑をかける

行為が平然とできるようになってしまったと思います。




別にちょっとふらふら歩くぐらいいいじゃないかと思う人も居るでしょう。




いやいや、そうはいきません。

そうやって考えるあなた一人の行為で大勢の人が迷惑するのですかr。


公共の場での慎みという精神があったころの日本人であれば

他人の迷惑になるという言葉だけでも多少は意識改善の効果が

あったと思いますが、今はその認識が欠如し始めている(最終的に

我々日本人はこの精神も復活させなければならないと思います)

ので異なる観点から説得を試みて見ましょう。



その異なる観点とは、そうやってふらふらと歩いている馬鹿の所為で

社会システムの運用効率が下がるということです。


馬鹿が一人、道をふらふらと携帯を見ながら歩いていると他の道を歩く人

、反対側から歩く人も同方向へ向かう人もよけなければなりません。

すると、その人々は本来使わなくて良いエネルギー(道を横に数歩避けて

その馬鹿を避けてからまた元の位置に数歩戻る)を使わなければなりません。


そんな数歩避けるためのエネルギーなんて大したこと無いじゃないかと

思うかもしれませんが、東京のど真ん中では数十人、下手をすれば数百人

の人が一人の為に道を避けねばならなくなります。

そしてそれが365日行われればそのエネルギー量は大変なものになると

思われます。(実際のエネルギー量を計測したいんですが学生の頃ほど

余裕が無くて出来ません)


さらにそれらの人々が数歩避けるために使う時間もたった一人の馬鹿の為に

無意味に消費されますし、精神的な負荷も掛かりますし(馬鹿がふらふらして

歩行の妨げをしてるとイラッとすることはありませんか?)、ぶつかったり、転んだり

というリスクも発生します。

その上、狭くて人が多い場所では自然に人の流れが出来るのですが、その流れ

事体が歪められる形となり、馬鹿を直接避け無ければならなかった人以外にも

エネルギーや時間の消費を強いることとなります。



計算してみれば面白いと思います。

ふらふらとものを見ながら歩く人間の一回の平均時間と移動距離を取って、

その間にすれ違って避けなければならない人の数を計測し、それによって

発生するエネルギーロス、時間ロス、発生リスクを測定します。

次にを全て金額換算、エネルギーロスは実際に摂取するエネルギー金額

、時間ロスはそれらの人々の平均時給額から計算し、リスクもリスクの発生

した場合の期待損失額を計算すると結構な額が算出されるのではないかと

思います。


これらの損失はさらに大きく波及していきます。(例えば時間ロスが生じた

人が電車に飛び乗ろうとして電車の運行を遅らせたり)

それらの損失は巡り巡って最終的にその一部を馬鹿本人が負担することにも

なります。

そうやって、社会的な損失を考えていくと少しはやめようという気にならないでしょうか?



別に私は携帯を観るなと言っているのではありません。

仕事の上で緊急のメールなどがあることもあるでしょう。

しかし、別に歩きながらやる必要は無いはずです。

狭い液の構内でも人が歩くルートから外れた隅などが30秒も歩けば必ずどこかにあります。

緊急で携帯を使いたいときはそういうところにサッと寄って立ち止まって

携帯を見れば誰にも迷惑をかけることは無いですし、社会的な損失を

発生させることもないでしょう。



家の一歩外からは公共の場所です。

公共の場所では社会の運用を妨げる行為は避けるようにしましょう。


本当に少し考えればわかるようなことです。


家の中であれば誰も困らないですから好きなようにやってください。



あなたが家の中で携帯を見ながら歩いて転んで怪我をしても困るのは

あなただけですから。