ヤワラちゃんが、参院選に出馬するらしい。民主党公認で。


でも柔道も続けるらしい。ロンドン五輪で金を取るんだそうだ。


田村でも金、谷でも金、議員でも金…ってか?


自己実現のために政治家になるの、やめてもらえないかなぁ。


ほんっと下品。


まぁ、当選しちゃうんだろうけどさ。


小沢一郎満面の笑みで、『100万の味方を得たに等しい。』とか言ってたけど。


この人も下品だなぁ。


ヤワラちゃんはきっと、民主党以外からは出なかっただろう。


そういう所も分かりやすい。


いっそ清々しいわ(笑)


ご無沙汰しております。


ここ最近、すっかり更新が滞っていたのには、わけがあります。


ちょっと前、右手首を捻りました。以来、右手の調子がどうもいかんです。


書きたいことは山ほどあるのに、長時間のキーボードの使用に右手が、耐えられないのです。今この記事は、携帯で左手で書いてます。


コメレスも全然しなくてごめんなさい。皆さんのブログは毎日巡回してます。


ぼちぼちやりますんでよろしく…ブログは、辞めないです。
たった今、愛知県芸術劇場で綾戸智絵のコンサートを観て来た。


いや、パワフルだったわ!さすが見応えある。テレビの通りの、おもろいおばちゃんだった!(≧∇≦)


でもアンコールやらんかったのはなんで?





雑想三昧。-100214_1817~01.jpg

写真はコンサート後に入ったカフェで食べたシフォンケーキセット。
巷で話題の映画『アバター』を2Dで見に行った。(3Dメガネで私はきっと頭が痛くなるので、敢えて2D)


まず思ったこと。ナヴィ族、でかっ!人類のざっと2・5倍はありそうな巨大種族である。あんな原住民、確かに怖い。3Dで見たら、さぞかし迫力だっただろうな。


ストーリーは、なかなか面白かった。よくある侵略者バーサス抵抗者の構図なのだが、物語がしっかり作られているので、見応えがある。惑星パンドラの設定にも興味を惹かれる。

原住民ナヴィをネイティヴアメリカン、地球人を白人になぞらえているのが一目瞭然。最後ナヴイが勝ってしまう所が実際の歴史と違う。アメリカ人、自らの蛮行を反省しているのか?


これが中国で上映禁止になったのも分かる。チベット人やウイグル自治区の人々は、ナヴイに自らの姿を重ね合わせてしまうことだろう。しかも、代わりに『孔子』を見なさいって…どこまでも漢民族の価値観を押し付けたいらしい。


まだ見てない人、ネタバレごめんなさい。割とオススメです。一緒に見に行った夫は、最後感動して泣いていた。『虐げられたナヴイが戦って自らの星を守ったラストに、胸が熱くなった』と。


存外熱い男である。

 先日、公立の図書館の駐車場で思ったこと。


 その図書館は地下に駐車場を備えていて、大型ショッピングセンターのように、停めた場所が分からなくなるほどの広さだった。そして入り口に近い所に、身障者用の駐車スペースが設けてあった。車椅子のマークが描いてあるアレだ。そこまでは見慣れた光景だったのだが・・・


 壁の部分に、車椅子のマークと一緒にマタニティマークが描き添えてあった。妊婦さんもこのスペースを利用できることになったらしい。正直「?」と思った。身障者と妊婦を同列に扱っていいものなのだろうか?


 確かに臨月の妊婦で、おまけに乳幼児を連れているような場合、車の乗り降りも大変だし、駐車スペースは入り口付近にあったほうが有難いかも知れない。しかし、妊婦といっても色々で、初期や中期は一般人と同じである。お腹もそれほど出ていないのだから、日常生活には何の支障もない。



 しかし、マタニティマークが表すのは「全ての妊婦」なのである。元々あのマークは、妊娠初期のお腹が目立たない時、満員電車などで「妊婦」をアピールするために考案されたものだ。初期はつわりで辛いのに、外見から妊婦と分からないため、周囲の理解を得にくい。そのため辛くても席を譲ってもらえないので、マタニティマークを付けて妊婦であることを周囲に知らしめる必要がある。また周囲もそれによって妊婦を一目で識別できる。



 つまり、腹の出ていない妊娠初期の妊婦でもあのマークが貼ってあったら、身障者用駐車スペースを利用する権利があるのだと、解釈する人が出て来はしないか。「私、妊娠してるから~」って。それっておかしくはないか?そもそもあのマークは、車に乗る場合を想定していない。車の中は個人的空間であり、周囲の配慮を促す必要が無いからだ。運転が辛ければ自分の判断で休めばいいし、満員電車のようにぎゅう詰めで押されて、しんどい思いをすることもない。運転中の妊婦は、運転ができる健康状態であれば、妊娠していない人と区別する必要は無い。



 そして、妊婦なたとえ臨月であっても、自分の足で歩くことができる。これが肢体不自由者と根本的に違うところだ。車椅子利用者から見れば、単にお腹が大きいだけで自分の足で移動できる妊婦が、身障者用の駐車スペースに停めている所を見て、どう思うだろうか?特に、身障者用の駐車スペースが妊婦の車で一杯になっていたとしたら・・・?


 妊婦が弱者である、という考えを否定するつもりはない。「身重」という言葉が表すように、お腹にもう一人の命を宿し、行動も制限され、妊娠していなかった時より自由に動けないかも知れない。だが妊娠期間はいずれ終わる。そして多くの場合、妊婦は望んで妊婦になったのである。一方身障者はどうか。わざわざ比較して書くまでもないだろう。妊婦と身障者では、一見状況は似ていても、バックグラウンドがまったく違うのだ。



 果たして本当に保護するべきはどちらか?どちらがより社会的に「弱い」立場なのだろうか?夫にこの話をしたところ、「うーん・・・確かにそういうのは、個人のモラル次第だよね。妊娠してるからって、身障者のスペースに大手を振って停めるのは、違うと思う」と言った。私も全く同感である。身障者から見れば、臨月の妊婦だって健常者なのだ。お腹が大きいだけで、不自由な体で車椅子をスタンバイさせる必要も無ければ、自力で車椅子に移動し、その間車のドアを全開にしておく必要もない。介助を受ける必要も無く、少々の距離なら問題なく歩くことができる。



 私は、身障者と妊婦を同列に扱うことに、ものすごい違和感を感じる。限られた身障者用の駐車スペースが妊婦の車で占拠され、車椅子利用者が入り口から遠く、狭い駐車スペースに停めざるを得ないとしたら、とんでもない本末転倒で、胸の悪くなる光景である。妊婦の方が絶対数が多いから、そういう状況になる確率は極めて高い。100歩譲って、妊婦専用の駐車スペースを作るとしても、身障者用とはきっちり分けるべきだ。

 


 少子化の影響か、妊婦や子連れを過剰に優遇する傾向が最近見られるが・・・いかがなものか。妊娠、出産育児が大変なのは認める。しかし世の中、それだけが大変なことではないだろう。そして、子供を授かり、無事に出産でき、その子を育てることができるのは、実は幸福なことなのだ。「大変さ」ばかりアピールされても、周囲は当惑するばかりである。またその「大変さ」を、過剰に慮ってやる必要もないと思う。もっと大人扱いせねば!



 え?臨月の妊婦は腹がつかえて車から降りられないから広いスペースが必要?妊婦並みに太っている人もいっぱいいますから。そういう人たちはたとえ腹がつかえようと、通常の駐車スペースに停めているよ。


 気がつくと一ヶ月以上も更新をさぼっていた。∑ヾ( ̄0 ̄;ノ


 特に理由があったわけではないのだが・・・しいて言えば、ネガティブ・スパイラルにはまっていた。


 私は性格なのか、時折訳も無くウツっぽくなるのだ。そんな時にPCの前に座ると、ついつい長居してしまい、またネガティブなサイトに張り付きがちだ。そうするといっそうウツがひどくなる、という悪循環に入るので、意識して極力PCの前に座らないようにしていた。


 何度か記事も書きかけたが、まとまらず、下書きのままお蔵入りとなった。(3記事ほど)


 まぁ要するに、怠け癖がついたままズルズル来てしまったというわけだ。最近ちょっと元気になってきたので、もうPCの前に座ってても大丈夫だと思う。ちなみに今までも、携帯で皆さんの記事をチェックしていたし、コメントも書いていた。


 ウツウツ気分は、一説によるとセロトニン不足だという。セロトニンはホルモンの一種で、日光に当たると分泌が促進されるらしい。最近寒波が来ていて、この地方でも時折雪が舞うほどの寒さである。陽光燦燦、とした気候は望むべくもないが・・・。


 まぁまぁボチボチ。

 一応、年初ということで新年の抱負というか、目標を記しておきたい。


 まず、なんと言っても


 整理整頓。


 私の最も苦手とする行為だ。物理的な問題のみならず、心の整理整頓も心がけたい。


 瑣末な問題に心を囚われて、何も手につかなくなってしまったり、上の空になってしまうことがけっこうある。情けなくてしょうがない。するべきこと、考えるべきことの優先順位がつけられないからこんなことになるのだ。人から言われた言葉、自分が言ってしまった言葉に過剰に反応して、くよくよ考えてしまうこともよくある。これも結局、心の整理整頓ができない故だと思う。「ムダな物を捨てられない症候群」とでも言おうか。過ぎたことをあれこれ考えたって仕方が無いのだ。



 次に、


 料理上手になること。


 元々料理は好きな方だが、最近夕食のメニューがマンネリ気味である。今年は一つ、今まであまり作ったことのない物に挑戦したい。例えばオーブン料理とか。高性能のオーブンレンジがあるが、使うのは専らレンジ機能のみという体たらくである。そうだ、お菓子作りもやってみたい。



 それから、


 運動をすること。


 もう見てくれよりも健康維持のために運動をしなければならない年齢となった。最近高血圧気味なので、ダイエットのためというより血圧を下げるため、何か運動をしなければと思う。あ、しょうゆは薄塩に変えました。



 最後に


 人に感謝して過ごすこと。


 最初の「整理整頓」にも関連するが、慢性的に心が混乱気味なので、人の小さな親切に気づかなかったり、つい言葉をひねくれて受け取ってしまうことがある。今年は人の言葉や行為を素直に受け取り、常に「ありがとう」の気持ちを忘れないようにしたい。



 齢41にもなって、全く成熟していない自分に愕然とする。もう人生の後半戦に入ったのだから、あれこれ不満を漏らしながらぐずぐず生きるべきではないと思う。本当に大事なものだけ持って、後は潔く手放すことのできる人間になりたい。


 笑って死ねるように。



明けましておめでとうございます。

本年もどうぞ宜しくお願い致します。

2010年 元旦


夏ばこ拝

えー拙ブログの読者の皆様、

今年もあと45分で終わろうとしております。

今年も1年、本当にお世話になりました。

限りなくイタい人間である私が、なんとか存在価値を見いだせるのは、

このブログの存在と、読者の皆様のお力が大きいです。

今年もどんなにブログに助けられたことか…

どうか来年も宜しくお願い致します。

イタさ倍増、パワーアップです!

どうかお付き合い下さい(笑)


夏ばこ拝