ヘルパーを生業とする男の、福祉から学ぶ"生きるとはなんだ!" -29ページ目

ヘルパーを生業とする男の、福祉から学ぶ"生きるとはなんだ!"

福祉業に身を置いていて感じること。
食レポとかもして、生きることの喜びを自らに実感させようと思います。
あとは適当に。。。

私の母はコリアンです。


第二次世界大戦中にコリアンで生まれてすぐ、両親と長男と共に日本へ来ました。

もちろん、韓国語はさっぱり話せません。



貧乏子沢山で、7人兄弟でした。



その土地では、コリアンの集落と、部落の集落があり互いが差別をし合っており、一触即発の対立があったそうです。



差別をされている者は、誰かを差別することで優越を得ようとしていたということか。
そうでもなきゃやってられなかったのではないかと。


空襲警報が鳴ると、家族で近くの防空壕に逃げ込むのですが、

韓国人(朝鮮人)は中に入るな!



と中に入れてもらえず、防空壕の入り口で家族身を寄せ合いながらブルブル震えていたそうです。



彼らを差別していた多くの者たちもまた、そうすることでしかプライドを保てなかった弱者だったのかもしれません。


私が小学生だった頃、同級生の一部の母親達は、都営に住んでいる人や在日を指差して差別していました。


「都営(に住んでるくせに)が着物着て歩いてるわ」


なんてことを吐く親もおりました。


そういう時代だったのでしょうか。


男尊女卑が当たり前だった時代。
女性として虐げられている家庭や社会のストレスの行き場を、他者を下に見ることで癒していてのか。


我々介護士というのは、専門職と言われてる一方で、ケアチームの中でも専門性は低く、信用が低いのです。我々の権限で何かできることってないに等しいのです。

知的障害や重心の保護者なんかは、我が家族のことでたくさん勉強してたりするので、中には支援員を使えないと見下す保護者も度々目にします。

社会福祉士やら介護福祉士の資格があったところで、やれることなんて大したことありません。介護福祉士の資格持ってたって、まともなケアも仕事もできない人たくさんいます。

だからこそ、我々介護士のストレスというのは、より弱い利用者に矛先が向いてしまうことがあります。



虐待はやってはいけません。



しかし、利用者からの暴力や、保護者や家族からのケアハラスメントに強く出れない側面もあります。



一方的に我慢せねばならない状況に対して、



こんな給料で、、、会社は何もしてくれない、、、忙しいんだからナースコール鳴らすなよ、、、


という真っ黒い感情が出始めます。


これが止まらなくなると、虐待に繋がってしまったり、心身を崩して適応障害やうつ病を引き起こしたり、介護の質を著しく下げることに繋がります。


誰かを犠牲にしたり、誰が上か下かという考えではなく、お互いの立場の上で対等な関係性、つまり、互いが互いに敬意を持つことで、


介護士も、利用者も、家族もウインウインな関係を目指すことができると思うのです。


どうも下に見られがちな介護士。

看護師や医師と違って、誰でも簡単に介護士になれる(就ける)から、プロ意識が身につきにくい環境であることも事実。


仕方ないとわかります。


ただ、その差別が、結果として介護士としてのプロ意識や自尊心が育ちにくくさせ、介護の世界に悪い空気を生んでしまうのだと思います。


私は、プライド持って働いてる全ての介護士を尊敬します。