台湾発祥あの即席麺・鶏絲麺が届いた。
この商品は鍋焼きと書いてあるから鍋で煮込んで食べるものなんだと思う。粉末スープも別添付されている。でも、元々素麺を油で揚げた鶏絲麺はお湯をかけるだけで食べれるものだった。
なのでお湯をかけて3分待ってから食ってみた。
粉末スープを先に入れた上でお湯に浸すようにした。
糖質は表示によると1食分50gで炭水化物25.4gらしい。
お湯を入れる前の見た目は長崎の皿うどんかベビースターラーメンのようで、そのまま齧るとちゃんと味がついててモロにベビースターラーメンだった。💦
そのままでも食えるからオヤツにもなる!
台湾の伝統料理で、大陸からやってきた素麺を揚げた料理法が、単品の麺料理として発展して来たものだそうだ。
チキンラーメンより前からあったし、陳栄泰という人が先に商品化して販売していた。
張国文は、これを参考にして中華麺で即席麺を作り昭和31年の第一次南極観測隊に納めている。商品化して長寿麺と名付けたが売れなくて倒産した。
日本人の西丸震哉が張国文より先に即席ラーメンの開発に成功してたらしいが、隊員たちに不評で不味い不味いと言われたので怒って南極観測隊を辞めてしまった。
後を継いだのが張国文だったらしい。彼は大阪アベノで中華料理店をやっていた。
日清食品以外もインスタントラーメンを作った会社は色々あるが、やっぱり鶏絲麺の油揚げ乾燥法を参考にしたらしい。
妻の天ぷらを揚げているのをみて閃いた!
というのがチキンラーメン発祥の通説になっているが、チキンラーメンの開発前に鶏絲麺のことを台湾人だった安藤百福さんが知らなかったわけはなく、さらに陳栄泰の所に行って工場を見学したり、2回だけだがロイヤリティーを払ってたりもしている。
製法特許で争っていた手前、口が裂けても鶏絲麺を参考にした…とは言えなかったろうが、多分鶏絲麺の製法を参考にしたのは間違いないと思う。
だが、陳栄泰も張国文も結局即席麺販売に失敗している。平たく言って全く売れなかった。
安藤百福さんは、許炎亭の提案で美智子妃殿下(現上皇后)のご成婚ブームで注目された美智子妃殿下の実家の会社・日清製粉から名前を拝借して日清食品としたり、
テレビCMを流したり、試食販売したりとさまざまな販促努力してチキンラーメンを庶民の手に取ってもらい認知させ大ヒットさせた。
その事で、当時のその他のインスタントラーメンにも注目が集まり業界の発展に繋がった。
安藤百福さんの功績は大きい!
一番でもなく初めてでなくても、美味しく安全で簡単に出来る画期的な食品を人々に認知させたから、今のインスタントラーメン業界があると言える。
まあ、それでもこの鶏絲麺がインスタントラーメンの元であったことはまず事実だから、食べてみたかった。
Amazonで、色々あったがこれの量が一番適当だったのでこれにした。
食ったら、中国人がやってる中華料理店の伝統的な中国のラーメンのような味だった。ニンニクが入り多分鶏ガラの出汁だ。
麺は素麺だから少しボリューム感に欠けるが、食事の一品としてなら問題ない感じだ。
でも、これだけを食事にするのは軽すぎる気がした。チキンラーメンの方が量質ともに勝ってる気がする。
インスタントラーメン草創期のことを慮りながらカミさんと一緒に食った



