大阪華銀破綻からチキンラーメン創始までの流れは下の通り。
陳栄泰とは最後まで特許をめぐって争っていたから、同じ作り方を踏襲したとは死んでも言えない。
だから新しい作り方を発見したことにしたのだと思う。
でも、結局同じ作りかだからパクったのは間違いない。
鶏絲麺から出た即席麺を作って売ったのは華僑では、張国文、陳栄泰、に続いて百福は三番目だった。
作り方もパクって鶏絲麺を大阪で発売するために付けようとしたいな商品名チキンラーメンを百福が自分の即席麺に付けて商標登録した。
社名変更も、当時皇太子ご成婚で盛り上がっていて美智子妃殿下の実家の会社・日清製粉の名前をパクって付けて、
その結果、日清製粉と日清食品を混同した顧客が百福のチキンラーメンを買いチキンラーメンは爆発的ヒットをする。
日々清らかに豊かな味をつくる…
という百福の言葉は、後付けのこじつけで別物だと強調したかっただけのことだ。
オリジナリティーなんてありゃしない!他人の褌で相撲を取りまくった挙句、
この褌は自分のだから!😁
と言い放って既成事実化しただけの詐欺に近いやり方だったとワシは感じる。
でも、それならそれで、もう特許紛争はとっくに解決した後なんだし百福と仁子さんは死んでるし、正直に本当のことを公開すればいいと思う。
その方が企業としての日清食品はより信用を得られて幻滅した顧客も返ってくるとワシは思う。
そうしてもらえるとワシはスッキリして日清食品の製品をまた楽しめるようになれるんだがなぁ…