大阪池田市のカップヌードルミュージアム。
行ってみたいと思っていたが、安藤百福発信のインスタントラーメン創始の話が出鱈目が多くてがっかりし、興味を失ってしまった。
もう行くことはないと思う。
台湾鶏糸麺がインスタントラーメン、即席麺の大元であることは間違いないし、呉百福(安藤百福)は、その製法を陳栄泰の工場見学して学びロイヤリティーの約束までして大阪に帰っている。
この時に油揚げ麺の製法を学んだんではないかと思われる。
大阪でも鶏絲麺を作るためだったらしいが、麺を太くしてニンニクを入れなくした日本人向けのラーメンに改良して売り出した。
名前は、許炎亭と一緒に三倉物産を立ち上げ売るはずだった鶏絲麺の商品名・チキンラーメンを使った。
陳栄泰の鶏絲麺や、張国文の長寿麺と同じく百福のチキンラーメンも当初全く売れなかった。
そこで百福は許炎亭(井上炎亭)に相談した。炎亭は、
今皇太子ご成婚でミッチーブームが来ている。皇太子妃正田美智子さんの実家の会社・日清製粉の名前を付けたらどうか?
と提案されて、
それは良い!
と膝を叩いて即決め、会社名を日清食品と変更したのだと言われている。それを
日々清らかに豊かな味を作る…などと後付けで百福がこじつけただけのことらしい。
しかしその結果、チキンラーメンは爆発的に売れ始める。
皇太子妃の実家・日清製粉の関連会社だと勝手に勘違いした顧客がチキンラーメンに殺到してしまった可能性が高い。
こういう胡散臭いやり方で即席麺チキンラーメンはヒットして売り上げを上げた。
テレビCMなどの宣伝効果も多少はあったろうが、それが決定的なヒットの原因ではない!
しかし、当時の唯一インスタントラーメンの中では売り上げを伸ばして収益を上げたので、他社の特許を買い取るなどし、食糧庁の和解勧告もあって泥沼の特許紛争に勝ち残っている。
こういう資料が残ってて、同じ時代を生きた華僑達やその子達がいたから、百福の自伝による通説とは違う別説が研究者によって掘り起こされネットに溢れた。
もう隠しようがなくなっている!
ミュージアムなどに展示されているインスタントラーメン創始の話とは違いすぎて笑うしかないくらいだ!
だからもう安藤百福発明記念館など行く気がしなくなった。まずもう行くことはないだろう。
多くの人が呉百福(安藤百福)のうわ部だけの美辞麗句に騙されて感動している。
ワシもそうだったが、真実を知って冷めまくりだ!
もう日清食品の製品を購入する気も無くなったくらいに…
