以前は、王様のお墓と言われていたピラミッドも、近頃では、魂の再生を象徴する記念碑的な建造物だったのではないかという説が出てきましたね。
ナスカの地上絵についても同様に思うんですが「何でこんなものが造られたのか?」と、後世、謎に思われるようなものは、案外、当時の芸術家達のほとばしる思いが込められた記念碑的な建造物であり、後世の考古学者がそれをくみ取れずに、一方的に解釈しているだけなんじゃないですかね?
何故、こんな事を考えたかと言いますと、もう何年も前、静岡県に出張した時の事です。
現地の人達と駅前を通りかかった時、駅前のロータリーに、妙なフォルムの高さ10mほどの建造物がありました。

「フールさん、あれはね、町長の肝煎りで芸術家に造らせた、町民の融和と発展を象徴する何ちゃらの塔とか言うんですけどね。地元の者は、皆、そんな名前では呼びませんわ。チ○ポ塔ですわ、チン○塔。」
もし、現在の記録が失われるほど後世まで、この塔が残っていたとしたら、その時代の考古学者は、まず、こう推測するんじゃないですかね。
「このフォルムからすると、当時、この地域には、性力に対する信仰があったに違いない」とね…。