Ⅱ
幸せなことに、私は学ぶことに対して無数の選択肢を持っていた。
史学か?
文学か?
いいや、私はこの「美しい」という思いを守る為に自分自身に技術が欲しかった。
文化への、文化を作り上げた先人達への感謝の念を表したかった。
「文化財の保存修復に関わりたい。」
私にとってそれはごく自然な選択であり当然の成り行きだった。
「勉強するために大学へ行きたい。」
それが分かった時は何の為の努力か理解できていなかった勉強や、学年が上がるにつれて「将来の夢を持ちなさい」という言葉の重荷がすっと軽くなり、「どうせ叶わない夢なんかみても仕方がない」という自己欺瞞から解放された。
それに気づいたのは高校2年生も終わりの2月のことだった。
自分のやりたいことにぴったりはまる学校を探した。
考古学とは少し違う。史学科でもない。
「藤原先生」
「ん?」
「私ここの大学行こうと思う。」
「京都造形芸術大学…オープンキャンパスとかいってみたん?」
「行きました。」
「そうか―うん。自分が惚れた学校に行けばいい。お前が自分で調べて、納得のいく大学なんやろ?」
「―はい。」
【「あー大学から出てる宿題やらなきゃ…。」
「何が出てるん?」
「あ、先生…『自分史を作れ』っていう宿題。」
「なるほど。うん。一番史料がしっかりしてる歴史やもんな。」
「そういうことか…」
「自分の持ってる史料を如何にうまく組み立てられるかが試されてるんやん。」
他人の自分史なんて読んで何が楽しいんだろう…とかそんな小さな次元ではないのだ。そうと分かれば話は早い。】
「…つまり君は京都造形芸術大学という大学以外は一校も受けないと?」
学年の森嶋先生という先生に進路相談をしたときのことだ。
「そうです。それ以外にたとえ受かったとしても行きません。
私の行くべき学校はここだけです。」
納得しない先生に向かって私は自分の考えていることを全て話した。
「森嶋先生」
なぜこの大学がいいのか。
この先何がしたいのか。
「他の大学が嫌だからとかそういう消極的な理由ではなくて、積極的なそれでこの大学でなければだめなんです。」
次の日の晩に先生がメールを下さった。
『森さんへ
昨日はおつかれさまでした。
日本史探求への思いが「美しさに対する畏敬の念」「先人たちへの感謝の念」に根ざしているという君のことばに私は「畏敬の念」を感じました。
僕が高3のときにはもちろんのこと、世のたいていの高3生は君ほどはっきりと目標を定めていないでしょう。それだけに君の発言には迫力を感じたし、生きる目標をすでに確かに見出している君は尊敬に値します。
「文化財の保存・修復の仕事」は大切な仕事ですが、とても地味で他の人から直接感謝されることは少ない仕事のように見えます。うまくできて当たり前、うまくいかなかったら、つい二日ほど前に新聞に載っていた「高松塚古墳」の壁画の話のように、ひどく批判されます。
多くの職業において、悪い言葉でいうと「虚栄心」「功名心」「名誉欲」「高い給料」につられて人が集まる面があります。
君のしたい仕事は、そのような「見返り」のあまり期待できない仕事。それだけに確固たる信念、そして、この仕事をする「喜び」が他者のほめ言葉によってでなく、自分の中から沸きあがってくる人でないとできないと思うのです。
君のような人にこの仕事をやってもらえたら、きっとすばらしい成果が上がると思う。がんばってほしい。
入試の準備は急いで始めていきましょう。やることはたくさんありますよ。』
比べたわけじゃないけれど、文化に対する思いでは他の高3に負けるつもりはない。
味方もたくさんいる。励ましてくれたたくさんの友達、先生。
そして家族。
たくさんの人の応援があり入学試験を受けた3日間、本当に楽しかった。
何より、同じようなことを考えている人がたくさんいることが嬉しかった。皆少しずつ方向は違ってもしっかり考えをもっている。
友達だってたくさんできたし、交換する知識はどれも新鮮なものだった。
「古美術~。矢立とか。」
「僕は仏像を専門にやりたい。」
「私は民具やなあ。農具とかめっちゃ好き。」
「え、唐箕とか?」
「大好き!森さんは?」
「私は…」
私は…
「古文書。紙の保存修復の技師になりたい。」
【藤原先生が教えてくださった古文書。
世間は、それこそ先生だって「そこらの女子高生がたまたまハマっただけ」って思われてるかもしれません。
でも、私の人生を確かなものにしてくださった先生への感謝の気持ちに比べれば、技術をつけて、自分の手で守れるようになるまでこの身、全てをもってしても到底足りません。】
【先生を通して見る「日本」はとても綺麗でした。】
合格通知が来たときは「受かった!」という喜びよりも、
「私の考えていることが大学に認められた!」
という思いが先行した。
私の歩いてきた道のりは合っている。
よし、これでまた一歩進める。
自分が本当にやりたいことを実現できる場所ができた。
ただ文化財の勉強をする為にだけにこの大学に行くわけじゃない。
あの日の授業を境に、私には使命ができた。
「この感動を皆にも伝えたい。」