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風と傷跡に誘われて

日本のことを中心に。

いまのご時世、みんながおなじ幸せを求め、同じ方向に進み、そこからはみ出るひとは負け犬と称される雰囲気がある気がしてなりません。わたし自身、この潮流に乗ろうと必死になっていたころがありましたが、その時分は自律ということがなにかわからず、またひとを頼るということがなにかもわからず、わがまま勝手に生きていました。いまでもわがまま勝手に生きていることは変わりないのかもしれませんが、せめて自分の発言、行動、そして選択にたいしては自分自身ですべての責任を負わなければならない、そう考えています。たとえひとに嫌われたとしても、ひとを傷つけたとしても、それが自分で選んだ結果なのであれば、それを受け入れなければならない、そしてその結果を結末とするか始まりとするかも当人しだいだと。まだまだ口先だけですが、このことを実現できたときはじめて、ひとにたいしてもやさしくなれるのではないでしょうか。

 自分の価値観で物事を語ること、それは暴力になりかねません。あいつのここがダメだ。きみのこの性格はなおしたほうがいい。ひとは論理と常識を礎としてそんなことを平気でいうことができます。しかしそれはあいてが無限にもっている可能性を殺し、それを言った本人の精神までをも貧しくしてしまうものなのではないでしょうか。しかし語ることをやめてしまっては自分の物語さえもつくることができなくなってしまいます。わたしが感じたことをこうしてみなさんに公表することは暴力なのかもしれませんが、わたしのような弱い人間が、自分自身の生きてきた歴史を肯定するためにはどうしても必要な過程なのです。このジレンマが消えることはいつまでたってもなさそうですが、こうして発信した事柄にたいする反応にどのように接していくのか、そこに誠心誠意をそそぎこめば、それを暴力と呼ぶことは失礼なのことなのかもしれません。それは無反応という反応がかえってきたときでもおなじことです。

 どんなにつらいこと、理不尽なことがあっても、それを引き受けていく。それは紆余曲折の道です。人間として生まれてきた以上、現実で起こりうるさまざまな出来事にたいして感情を抱いてしまうのは当然のことなのだから。しかし、どんな出来事であっても、それをどのようにとらえるかはそのひと次第なのです。人間はつねに自由との戦いを強いられているとも言えます。この戦いに負けずに世の中の不条理を引き受ける。このときひとははじめてだれかを愛することができるのだと思います。
語ることにはとてもふしぎなチカラが宿っている。
泣きたいとき、語っていると、涙がこぼれおちて、黒いかたまりを洗い流してくれる。
つらいとき、語っていると、いまをみつめなおすことができるようになる。

そんなことを最近あらためて感じている。

ただ語るためには、あなた、が必要なのだ。
聴いてくれるひと、待ってくれるひと、そんなひとがいてはじめて語りがうまれるのだ。

これだけは忘れずにいたい。
敬意とは尊敬の意のことであるが、いかにしてあいてに敬意をあらわすことができるだろうか? もしかしたら敬語や丁寧語をつかえば敬意を示すことができるのかもしれないが、フランス語という言語を十分に操れない以上、それはむずかしい。しかしそもそも尊敬の意とはなにか? それは言葉のつかい方の彼方にありそうだ。

敬意とはあなたの存在に気をむけているということではないか。わたしにはあなたが見えており、あなたの声がきこえている。そんなことを自発的に示していくことが敬意をあらわすという行為なのだとおもう。

ここ1週間でカメルーン人はじめ、日本人、韓国人の要人とあう機会がたびたびあった。フランス語ではまだまだ会話が成り立たないが、そんなときには日本語で会話しているとき以上に対話への可能性が開かれているのかもしれない。言語に吃らされているいまだからこそ、他我のありように意識をむけられるのかもしれない。そしてそれが敬意をあらわすということである。
日本をたつ直前に偶然みつけた本。
非常に難解でなにを書いてあるのかよくわからない本。
ドゥルーズやブランショに近い気もする本。

傷と出来事/河出書房新社

¥2,940
Amazon.co.jp

しかしなぜだか読まなければならないと感じさせ、ついつい読み進めてしまう本でもある。

お気に入りの一節。

『人間よ、よく覚えておけ。君はとるにたらない存在ではない。君は君という存在以外のすべてである。』

好きな作家に出あうことほど力をもらえることはない。
10月1日火曜日19時30分ころ、この時点で日本を発ってから27時間、パリで1度飛行機を乗り継ぎようやくアフリカという地にたどりついた。降り立ったのは、カメルーンの首都ヤウンデ近郊にあるヤウンデ・ンシマレン国際空港。飛行機を出たとたんむっとした熱気が漂う。灯りは少なく心なしか人々の表情もくらくみえる。入管を過ぎて預け荷物をとりにいくが、日本ではかんがえられないほどの無秩序に目をうばわれる。やっとの思いで自分の荷物を手にして外に出ると、すぐさま囲まれる。

これがアフリカの第一印象、そして目にしたものであり、ぼくはまだカメルーンを知らない。

JICAからの迎えの車にのりこみ、ヤウンデ市内へむかう道中では、あたりまえだが自分とは肌の色が違うひとたちが店の前、路上、いたるところにひしめいている。ボランティアの宿泊先であるドミと呼ばれている連絡所に到着すると、門のまえに立っていたガードマンももちろん黒い。

ドミのなかにはいると予想に反して、過ごしやすい環境が待っていた。お湯の出るシャワー、蚊帳つきのベッド、インターネット、冷蔵庫、日本にあるものはなんでもあるように思えた。しかしこれはあくまで日本人ボランティアのために用意された施設であり、現地のひとをなかに招き入れることはできない。

用意された夕食をたいらげ、シャワーを浴び、泥のように眠った。アフリカのなかのカメルーンでの初日がおわる。