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風と傷跡に誘われて

日本のことを中心に。

この世界には多様な暴力の姿がある。

戦争、紛争、家庭内暴力、いじめ、頭にさっと浮かぶ暴力だけを数えてもきりがないほどの種類だ。
しかし、そんな数多く存在する暴力の種類を眺めてみると、目に見えやすい暴力、目に見えづらい暴力があるのはすぐに納得できるのではないか。

たとえば連日ニュースで放映されるような紛争には、加害者と被害者が存在しており、多くの人にとって暴力として映るであろう。反対に幼児の虐待などは、子どもがなんらかの方法で訴える力を持っていない、家庭内という他人が容易に入り込めないパンドラの箱のなかでの出来事である、愛情と虐待の関係性が不明確である、などといった理由から見えづらい暴力として映る。

とはいえ、目に見えやすい暴力も目に見えづらい暴力も、どちらも暴力として認識されているという点においては共通する。となれば、次のように考えることは難しくない。

世の中には「社会が暴力だと認識している暴力」と「社会が暴力だと認識していない暴力」がある。

なぜここで主体を社会にしているか。
どのような出来事も人によってとらえ方が違う。

たとえば、「きみは要領がわるい」と会社の上司に言われたとする。
ある人は、上司の言葉にはもっと要領よく仕事をしてほしいという期待が込められているのだからそれに応えたい、と叱咤激励と考えて、それ以降の仕事のやり方を改善しようとするかもしれない。

またある人は、自分は考えたうえでこの仕事を進めているのに、そんなことも確認せずに、具体的な改善案も示さずいきなり要領がわるいだなんて、きっと家庭でいやなことでもあったのだろう、と上司の叱責をストレス発散のための行動と考えるかもしれない。

どちらが正しいのだろうか。
もちろん上の「きみは要領がわるい」という文だけでは、文脈がなく判断不可能である。では現実的な文脈が与えられた場合には、判断可能なのであろうか。不可能であると私は考える。というのも人の解釈に真偽は問えないからである。

それでは、人間は日常生活における解釈の真偽をどこに求めるのか。
答えは社会の通念である。

社会とは人と人のあいだに生まれるものであるから、社会通念とは構成員めいめいの価値観が溶けあい、ゆっくりとしかし変化してゆく動的なものなのだろうか。実際には、社会通念というものは経路依存性を持っており、硬直的なものであることが多いように思われる。また、なにが正しい、なにが間違っている、という価値が関主観的(人はこれを関主観ではなく、客観だと誤認することが多いことにも注意したい)だったとしても、歴史のなかで創りあげられた社会通念が主体の価値が存在することに先だって存在しており、それが個人の価値観となっている可能性は否定できないのではないか。とすると、主体は日常生活における解釈の真偽を自分の価値観に沿って判断していると考えるが、事実は、長い時の流れのなかで固められた社会通念にならって判断しているのかもしれない。

だとすれば、社会通念においては暴力と呼ばれない事柄は暴力ではないのか。そんなことはない。
わかりやすく言えば、「受け取り側がいじめだと感じれば、それはいじめ」なのである。
なにもこれは世間で一般に言われるいじめに限ったことではない。何事も受け取る側が暴力と認識すれば、それは暴力なのである。一般のいじめに関しては、学校や学級というコミュニティの構造によってたとえいじめが不可視な状態であっても、日本社会としては、いじめはわるいこととして認識し始めているように感じる。しかしそのような認識がない暴力もある。

ここではそれがなにかという点までは踏み込まないが、今後すこしずつ言及していきたい。

最後に、もちろん暴力という語それ自体がなんらかの価値を反映したものであり、暴力の正義については私にはなにひとつ申し上げることはできないということを申し添えておく。
エデア市に来てから2ヶ月半。最初は本気で日本に帰って、あたたかいお味噌汁といっしょに涙を呑むつもりだったが、ようやく生活が落ち着いてきたきょうこの頃。2月以降のスケジュールもほぼほぼフィックスし、イレギュラーなことも少なくなってきた。

一週間のスケジュール

午前:授業準備 
午後:コンピュータ基礎の授業


午前:授業準備 
午後:コンピュータ基礎の授業


午前:授業準備
午後:日本クラブの活動、コンピュータ基礎の授業


午前:資料作成や他校見学・打ち合わせ
午後:フランス語学習


午前:資料作成や他行見学・打ち合わせ
午後:フランス語学習


暇そうに見えるスケジュールだが、見えるだけでなく実際に暇なほうだと思う。活動であれをやりたい、これをやりたい、と次々にアイディアを出せるタイプの人間ではないため、とりあえずやるべきことを安定して出来るようにすることをまずは目標にしている。1年目はあれこれ手をださず、まずは落ち着いた精神状態で日々を過ごせるようになる。カメルーン人のニーズがあるところから少しずつやっていく。自分に甘く、それだけできればはなまるをあげたい。

2年目はカメルーンに散らばる他職種の隊員との連携を図りコンピュータが普及していいない村でなにか活動したり、PC隊員間の協力を促進し高度なこともできればと考えている。


以下はフランス語について。

12月から始めた、1日に20単語暗記するという挑戦はほそぼそと続けている。毎日しっかり覚えられているわけではないし、1日に100単語くらい新しい単語をリストに書き連ねることもあるが、気づけば始めてから900単語、自分の知らなかった語彙に出会っている。「お、1週間ぶりじゃん!元気してる?」という再会や、「あれ、たしかどこかでお会いしましたよね?」という邂逅も増えてきており、これをあと10カ月くらい続けられれば目標にしていた5000語という語彙数に到達できる。これからも気張らずほそぼそとやっていこう。


「読む・書く・聴く・話す」それぞれの勉強法はこんなかんじ。↓
Compréhension d'écrit(読む):アルベール・カミュ『異邦人』を精読。わからない単語は全て調べてメモする。文意がとれないときは邦訳と読み比べ納得するまでにらめっこする。

Écrit(書く):Lang-8というSNSを利用して、自分の日記をフランス人に添削してもらう。

Compréhension d'oral(聴く):同じ映画をなんども流し、使ってみたいフレーズがあれば暗記する。インターネットニュースを聴く。

Oral(話す):授業でたくさんしゃべらなきゃいけないので、その場で適当にしゃべっているうちにどうにかなるだろうと信じている。話すときは自分の使ったことのない表現をあえて選んで使ってみる。


なんとか年末までには活動にはほとんど困らないレベル、DELFでいうとB2までにはもっていきたい。カッコよくフランス旅行するために頑張ろう。
多くの人に助けてもらいながら、少しずつうつうつとした気分から立ち直ってきたと同時に、フランス語を上達したいという意欲がわいてきた。なので今のうちに、カメルーンにいる間にどのレベルまで持っていくか、目標を先に決めておく。目標は欲張りすぎず、モチベーションを保てる程度のものに設定するのが大切。そんなわけで以下のように決めてみた。

<カメルーン滞在中、2015年1月にDELF B2合格>
<日本帰国後、2016年5月にDALF C1合格>

帰国後のDALF C1はさておき、DELF B2合格のためには、「話す、聞く、書く、読む」この4つの力をかなりのレベルまで伸ばさなければならない。ちなみに単純には比較できないが、DELF B2とは英語でいうと、英検準1級程度に相当すると思う。

そんなレベルに到達するためにはどうやって学んでいけばいいか。そのへんは英語に散々苦しめられてきたので、そのときの教訓をもってやっていけば大丈夫だろうと踏んでいる。基本的な文法はさらっている前提で、必要なことはつぎの2点だけ。

1.まずはフランス語を聞きまくる。

幸いにもフランス国営放送のRFI(日本のNHKのような組織)がLe Journal en Francais Facileというフランス語学習者向けのコンテンツを毎日ウェブにアップしている。これはその日のニュースをわかりやすいフランス語で10分間という限られた時間に要約して流しているもの。うれしいことにスクリプトも公開されているため、わからない部分は辞書を使いながら意味を確認していく。語学学習でいちばん大切なのは聞けるようになること。これは英語のときの経験からいって間違いない。

2.同時に語彙力を伸ばす。

DELF B2で求められる語彙数は5000語程度らしいので、日々20単語ずつ覚えていく。まずは上述のLe Journal en Francais Facileで登場する単語を日々おぼえ使えるようにしていく。このとき大切なのはわからない単語数が20単語に達した時点で、その日の勉強をスパっとやめること。無理してそれ以上の単語を覚えようとしても頭に入らないし、なによりモチベーションを維持できない。週に一度程度はフランス語のことは忘れてのんびり過ごし、また翌日からコンスタントに学習していく。そんな方法でも20単語ずつ学んでいけば2015年1月までには5000語はゆうに超えているはず。

この2点を徹底的に実践できれば、読む、話す力も伸び、外国語はかならずマスターできる。書くことだけはまた別の方法で鍛えねばならないが、これは最後でいい。英語で苦しんだのは、モチベーションが続かずに基本のこの2点を実践できなかったことが原因だと思う。

協力隊として活動していれば自然に語学も身につくなんて甘いことはない。やはり日々コツコツと勉強しなければ伸びないのが語学だ。協力隊活動だけでなく、フランスへの哲学留学も視野に入れて、どっしり構えてやっていきたい。
なんだかんだ言って、カメルーンにやって来てからはや2ヶ月。

ここまで感じてきたストレスってなんなんだろう。

フランス語、文化の違い、孤独、騒音、将来への不安。

いろいろあるけれど、自分自身の現実の捉え方によって変えられるものもおおい。
それは簡単ではないけれど、粘り強くゆっくりとやってみよう。

カメルーンに来てからフランス語にたいするモチベーションががっくり下がっている。やっぱり後天的に言語を学ぶのはむずかしいし、ストレスになるよなー。とそんなことを考えていたら、ハンガリー人の作家アゴタ・クリストフを思い出した。彼女はハンガリー動乱でオーストリアへ脱出し、その後スイスに移ったそうだ。彼女の母語はもちろんハンガリー語であって、20歳を過ぎてから必要に迫られてフランス語を学んだ。

それにもかかわらずフランス語で小説を書き、その独自の文体は世界的に評価されている。

そんな彼女は生前フランス語のことを敵語と呼んでおり、母語であるハンガリー語が徐々にフランス語に犯されていく不安があったそうな。しかしこういった事情があるとは言え、20歳を過ぎて学んだ言語で小説を書くなどという芸当をやってのけたという事実には、とても勇気づけられる。

アゴタ・クリストフの作品のなかでも、特に有名なのがこの『悪童日記』。感情表現を徹底的に排した文章のなかで描かれる2人の子どもの姿は、読後もあたまから離れない。ぜひ読んでいただきたい一冊。

悪童日記 (ハヤカワepi文庫)/早川書房

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辛いことや嫌なことがあると逃げたくなる。それは当然のこと。
しかし日本人は「逃げる」という言葉にとても敏感に反応する。

最近なんだか漠然とした不安がつねにつきまとっており、正直逃げだしたい。

じゃあなぜ逃げないのか?

逃げるのは悪いことだから?
いや、そんなのは間違っている。

逃げる人を受け入れ認められる社会、日本をそんな社会にちょっとずつしていきたい。
しかしこんな思いも今ここで逃げ出したら、そんなのダメな自分を守るために言ってるだけだろ、と一蹴されてしまうだろう。

逃げることが悪いことだから逃げないんじゃない。
逃げたくない理由があるから逃げないんだ。
その理由がたいせつなものでないならば、ひとはいつでも逃げていいんじゃないかな。

なんか「逃」という漢字がゲシュタルト崩壊してきた。