古墳探訪記 -22ページ目

古墳探訪記

関東中心に古墳を巡っています。現存している古墳、削平してしまった古墳を含め、すべて写真で記録していきます。時々、神社や地形についても触れていきます。1000年以上も続いた古墳のある風景、後世に残していきたいものです。

今日も長野県佐久市にある新海神社境内にある古墳、続きです。

 

昨日アップした新海神社5号墳のすぐ隣にある古墳が新海神社東御陵古墳ですおねがい

↑新海神社東御陵古墳

直径約8メートルの円墳。

 

神社の後ろにある数基の古墳って、元々古墳をまとめて祭祀する場所が、時を経て神社になったんだろうな~と毎回想像してしまいます。

 

 

 

↑横穴式石室の一部が残っていますお願い

 

 

 

↑玄室の残存部。高さがあまりないですねキョロキョロ

 

 

 

↑新海神社東御陵古墳、南東側から

 

 

 

↑山側から撮影

墳丘がキレイ過ぎです。おそらく復元されたのでしょうね。

 

明日も新海神社の後ろ、山の中にある古墳ですウインク

長野県佐久市にある新海三社神社境内にある古墳を今日はアップします。

※新海三社神社については昨日のブログを確認して下さいウインク

 

 

↑左奥に新海神社東御陵古墳、手前が新海神社5号墳

新海三社神社にある三重塔から山を登ってすぐ。

 

 

 

↑新海神社5号墳、石室の一部が残っているようです。

 

 

 

↑内部の様子

この内部の様子を撮っている最中、近くで「ガサガサ」と音がガーン

熊のニュースが毎日のように流れていた11月19日。

 

一瞬熊が出たのかと思いビックリしましたが、近くに人がいたんですよびっくり

ふっき~と同じく、古墳を見に来てたようですあせる

 

周囲に誰もいない森の中の古墳で人に会うと、マジでビックリしますよ滝汗

 

 

 

↑新海神社5号墳、東側の様子

現地では知らなかったのですが、後日ブログを作成する上で新海神社5号墳について確認していたら、新海神社東御陵古墳を調査中(平成7年)、この5号墳が見つかったようです。

 

そうすると、(報告書を読んでないので詳細は不明ですが)埋没していた石室などが見つかったのでしょうから、この現地にある墳丘は復元ってことですねえー

 

 

 

↑北西側から

左側が新海神社東御陵古墳、奥に新海神社5号墳。

新海神社東御陵古墳については明日のブログでウインク

11月19日に訪れた長野県佐久市の古墳巡り、続きです。

 

『佐久市遺跡詳細分布図』を見ると、「新海三社神社(しんかいさんしゃじんじゃ)」周辺に数基の古墳マークが!おねがい

(昔は「四十八塚」と呼ばれていたようで、たくさんの古墳があったのでしょうね)

これは見に行くしかない!ということで新海三社神社を訪れてみました。

 

↑新海三社神社案内図

この案内図にも「西御陵」、「中御陵」、「東御陵」と3基の古墳が記載されてます。

 

 

 

↑新海三社神社について

 

 

↑参道を登ります

 

 

 

↑拝殿の様子

 

 

 

↑拝殿から振り返って

 

 

 

↑こちらは「東本社」の様子

三柱の神様が祀られているので、本社(本殿)も3つあります。

 

 

 

↑「東本社」の裏、山側にある新海神社三重塔

永正12年(西暦1515年)建立の可能性大だとか。

 

 

 

 

↑三重塔から(道はありませんが)山に入るとすぐに2基の古墳が見えてきました。

手前が新海神社5号墳、左奥に新海神社東御陵古墳。

 

長くなったので、古墳については明日のブログでウインク