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古墳探訪記

関東中心に古墳を巡っています。現存している古墳、削平してしまった古墳を含め、すべて写真で記録していきます。時々、神社や地形についても触れていきます。1000年以上も続いた古墳のある風景、後世に残していきたいものです。

12月16日に訪れた香川県坂出市にある加茂文化財地区にある古墳、続きです。

 

↑古墳群を巡りたいものの、こちらの案内図しか参考にするものがなく・・・・

 

 

 

↑山ノ神古墳群3号墳のあたり

やはり、よくわからん!ということで、ハッキリわかる古墳だけ見に行くことに滝汗

 

 

 

↑このように「サギノクチ古墳」への案内板がありますので、これは安心照れ

奥に写っているのは昨日アップした鴻池という溜池

 

 

 

↑積み上げられているコンクリートブロック前にも案内板

 

 

 

↑見えてきました!サギノクチ1号古墳(木ノ葉塚古墳)

 

 

 

↑木ノ葉塚(サギノクチ1号古墳)の解説板

(前略)径約10m、高さ約2.8mである。南に開口した石室は、一部花崗岩を使用するほかは、付近に産出する安山岩自然石を3段から4段積み上げ、巨大な平石3枚を天井に架構したものである。床面から天井への逓減率は小さく、羨道部は現在明瞭なところで長さ3.2m・幅1.5m・高さは崩壊しているので明らかではないがほぼ2段に壁石が残っている。玄室は長さ約4m・幅は入口で1.8m・奥で1.4mと狭まり、高さは2.15m、床面には長さ・幅など20㎝から50㎝の安山岩手石が敷き詰められていて、付近の横穴石室と変わらない通常の石室であるが、その特色は羨道・玄室の壁面に木ノ葉を主体とした絵画が線刻されていることである。
 線刻画は側壁の2段あるいは3段目の安山岩表面がわずかに風化して柔らかくなっている面に、細い鉄器をもって画かれており、模式的な木ノ葉約40・舟型3・家屋1・その他で壁面を一周している。
 この種の線刻画は付近の古墳にもまま見られるが、これほど装飾的ではない。
 現在県下の絵画古墳は、この古墳のほか、善通寺市大麻山麓に2基所在するが、その1基は武人を主体とした絵画(宮ケ尾古墳)で、いま1基は家屋を主体とした絵画(岡1号墳)としており、各々の古墳によって絵画に特色があることから考えて、これらの絵画は単に葬送儀礼としてではなく、ここに葬られた死者の生前の事績あるいは功績を物語っているものとも考えられる
(後略)

 

 

お~!線刻画がたくさんあるのか~ラブ

 

↑そりゃそうだよねえーん

 

 

 

↑横穴式石室開口部の様子

竹ぼうきが置いてあるぞ(笑)

 

 

 

↑アップで・・・・

線刻画は見えませんガーン

 

 

↑額田大玉様が「木ノ葉」の線刻の様子をアップされています。

 

 

↑オヤコフン様は4年前に訪問されています。
 
 
 
↑サギノクチ1号古墳、角度を変えて
 
 
 
↑すぐ近くに美味しそうなミカンがなっていました照れ
 
 
 
↑駐車場に戻る途中に撮った風景、坂出市街地方面
額田大玉様のサイトを見ると周辺の古墳、ほとんど全て石室が露頭しているいるようで、リベンジしたい古墳群となりました。

12月16日から、2泊3日での古墳探訪一人旅ニコニコ

今日も香川県坂出市の古墳です。

 

↑駐車場にある「加茂文化財案内図」

この案内図を参考に古墳巡りをしようと思ったのですが、詳細な地図でないため、正確な古墳の位置がわからず、手探りで探してみますあせる

 

 

 

↑現地で山ノ神古墳群2号墳かと思い込んでいた場所

帰宅後、他の古墳マニアの方々の記事を見ると、全く違う場所でした。

 

↑大和國古墳墓取調室さんでは、2号墳の様子+石室の線刻の様子もアップされています。

 

 

 

↑おそらく山ノ神4号墳

こちらも近づいたのですが、どうにも墳丘が確認できません。

 

 

 

↑こちらは「鴻池」という溜池

この池の中に鴻ノ池1号墳・2号墳・3号墳の石室が現存しており、水面が下がると、それらの古墳石室が浮かび上がってくるようです。

 

↑オヤコフン様が、うっすらと見えている石室の写真をアップされています。

 

 

↑「まるごと・中讃つーしん」には鴻ノ池1号墳が露出している様子がアップされています。
 
明日も鴻池近くの古墳ですウインク

 

今日はクリスマス・イブ!

そんなクリスマスとは全く関係のないブログへの訪問、ありがとうございます口笛

 

12月16日に訪れた香川県の古墳、続きです。

↑JR四国 予讃線の讃岐府中駅前、この丘の上に新宮(しんぐう)古墳があります。

 

 

 

↑墓地の奥にある新宮古墳、北西側から

場所はこちら: 34.290948, 133.922646

 

 

 

↑北側の様子

 

 

 

↑墳丘北西側にある新宮古墳の解説板

残存部直径17メートル、高さ2.1メートル、築造時は一辺約20メートルの方墳。解説板では古墳時代後期築造。(6世紀末築造?)

 

 

 

↑横穴式石室の開口部に近づきます照れ

現地解説板から:玄室と羨道の間に前室を持つ複室構造で、玄室は奥行き5.5メートル、中央部での幅2.5メートル、天井石までの高さ2.5メートルの規模

 

 

 

↑土嚢が積まれてますねキョロキョロ

石室の開口部が北西方向ってことは、「讃岐国府」を意識したのかもしれませんニコニコ

 

 

 

↑あっ!鍵が付いてない!これは入って良いということですねラブ

 

 

 

↑羨門からカメラ

 

 

 

↑玄室の様子

大きくて立派ですおねがい

持ち送りというプランですね。石材はたぶん花崗岩。

 

 

 

↑カメラを縦にして撮影

高さが2.5メートルもあるので、ビビりのふっき~でも、ゆっくりと堪能できる大きさ。

 

 

 

↑玄室から振り返って

 

 

 

↑石室開口部側からの眺め

写真中央奥には小さく瀬戸大橋が写っています。

 

 

 

↑少し角度を変えると、「城山」という名前の山

 

 

 

↑新宮古墳の南側には昭和4年当時の村長さんが建てた「忠魂堂」がありました。

 

 

 

↑新宮古墳の南側

(朽ちた)ブルーシートで覆われてました。

 

 

 

↑新宮古墳から北の方向

手前には讃岐府中駅。

 

↑この写真は12月17日にも載せています。

 

明日も香川県坂出市の古墳ですウインク