埼玉県毛呂山町 川角古墳群その1 | 古墳探訪記

古墳探訪記

関東中心に古墳を巡っています。現存している古墳、削平してしまった古墳を含め、すべて写真で記録していきます。時々、神社や地形についても触れていきます。1000年以上も続いた古墳のある風景、後世に残していきたいものです。

毛呂山町にある川角古墳群、なんと38基も現存するということで行ってみました。

「毛呂山町特別支援学校」と「埼玉医科大学川角キャンパス」の間にあります。

 

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↑川角古墳群のすぐ近くで見つけた墳丘2基 東側より

 

 

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↑西側より

 

畑の中なので近寄れなかったのですが、古墳だと思われます。調べても載っているのは「古墳マップ」のみ。「古墳マップ」では「大類積石塚古墳」と表記され帆立貝形古墳と表記されています。確かに左側の古墳は小さな前方後円墳か帆立貝形古墳のように見えます。

道路からは墳丘上の石がたくさん見えます。

 

 


↑鎌倉街道上道(かみつみち)の看板

奈良時代の頃に整備された東山道武蔵路や、鎌倉時代に頻繁に利用された鎌倉街道・・痕跡を調べたら面白そうですね。

 

↑鎌倉街道上道、この先に川角古墳群があります

 

 

↑鎌倉街道遺跡跡

 

 

↑「鎌倉街道」、「延慶の板碑」、「川角古墳群」

 

この標柱の後ろにも墳丘が写っています。

 

ちなみに「板碑(いたび)」とは現代の卒塔婆にあたるものです。鎌倉~室町時代にかけて関東で流行した石の供養塔。今までの古墳探訪中にも板碑はよく見かけています。

「延慶(えんぎょう)」は元号、西暦で1308年~1310年です。

 

↑府中市八雲神社近くにある「元応の板碑」。こちらは元応という元号なので西暦では1319年~1320年です。

※延慶の板碑・・実は写真を撮ってくるのを忘れました笑い泣き

 

次回は川角古墳群その2です。