古墳探訪記

古墳探訪記

関東中心に古墳を巡っています。現存している古墳、削平してしまった古墳を含め、すべて写真で記録していきます。時々、神社や地形についても触れていきます。1000年以上も続いた古墳のある風景、後世に残していきたいものです。

栃木県益子町大沢にある御霊(みたま)神社古墳群、続きです。

2基の円墳からなる古墳群です。

 

↑高さがあまりないので、写真だとハッキリわからない御霊神社古墳群1号墳。昨日アップした2号墳のすぐ北側。

直径13メートル前後、高さ1.5メートル前後の円墳。

 

 

 

↑御霊神社古墳群1号墳、墳頂の様子

大きく抉れています。

これは盗掘孔のようです。益子町の古墳って、このような凹んだ盗掘孔をよくみかけます。

 

 

 

↑北東側から

盗掘孔が大きくて墳丘がドーナツ状になっていますびっくり

 

 

 

↑御霊神社にも参拝してきました。「御霊神社古墳群」という名称はこちらの神社から。

写真は御霊神社一の鳥居お願い

 

 

 

↑御霊神社のご由緒

創建は景行天皇の時代!すごい古い時代からですね!!

梶原景時(←石橋山の戦いのおり、源頼朝を助けた方)とも縁がある神社のようです。

 

 

 

↑御霊神社三の鳥居お願い

 

 

 

↑御霊神社の拝殿お願い

 

今後もちょくちょく益子町の古墳が出てきますよウインク

今日も栃木県益子町にある古墳を取り上げます。

 

古墳の場所は益子町大沢にある御霊神社の東へ350メートルほどの場所。

以前アップした北原B古墳群から西へ500メートルほどの場所。

 

↑事前にGoogleマップで検索、この擁壁上に鳥居と祠が見えたので、これが御霊古墳群のうちの1基かも・・・・と思っての訪問です。

 

 

 

↑Googleマップでは「大神宮(大沢)」というピンが立っています。

この鳥居と祠の場所にマウンド状のものはなかったです。

 

この鳥居と祠がある場所はこちら: 36.483770, 140.120447

 

 

 

 

↑擁壁上に上がってすぐにわかったのですが、祠の後ろ(北側)に古墳がありましたおねがい

これが御霊(みたま)神社古墳群2号墳。

 

 

 

↑御霊神社古墳群2号墳、南側の様子

直径10メートル前後、高さ1.8メートル前後の円墳。

『益子町史』に周囲には12基の供養塔が並んでいるとあるのですが、そんな供養塔は見当たらずキョロキョロ

 

 

 

↑御霊神社古墳群2号墳、西側の様子

写真ではイマイチわかりませんが、足元は短く切られた「笹」がたくさん。

かなり歩きずらかったのですが、柔らかい靴だと笹が靴に突き刺さっちゃうかも滝汗

 

 

 

↑御霊神社古墳群2号墳、東側より

奥には男体山が写っています。

 

御霊神社古墳群1号墳は明日のブログでウインク

今日・明日・あさってと栃木県益子町の古墳をアップします。

 

以前もちょっと書いたことがありますが、3年ほど前に『益子町史』考古資料編をゲット。

古墳の位置図が載っているので、掲載している古墳・・・・全部巡ってみたくなっていますニヤリ

 

ただ、東京都民のふっき~にとってみたら、益子町はなにせ遠いガーン

そのため、ちょくちょく訪れてはいますが、一気には古墳を巡れていない状態です。

(訪れた都度、美味しい蕎麦とかを食べたいという目的も)

 

ちなみに『芳賀町史』や『壬生町史』も家には控えており(笑)古墳の来シーズン(冬)に活用しようかと考えています。

 

 

今日アップする本沼(もとぬま)古墳は1月20日に訪問ですニコニコ

↑本沼古墳、南側から

場所は栃木県と茨城県の県境近く。県道つくば益子線のそば。

「本沼パーキング」に停めて歩いてアプローチ。

場所はこのあたり: 36.408964, 140.076784

 

 

 

↑地山と墳丘の境目がイマイチわかりませんね。

直径6~7メートル、高さ約1メートルの円墳。埴輪片が出たという伝承あり。

 

 

 

↑墳頂の様子

小さな祠がありましたお願い

 

 

 

↑本沼古墳、東側の様子

 

 

 

↑北側の様子

益子町の古墳、明日に続くウインク