古墳探訪記

古墳探訪記

関東中心に古墳を巡っています。現存している古墳、削平してしまった古墳を含め、すべて写真で記録していきます。時々、神社や地形についても触れていきます。1000年以上も続いた古墳のある風景、後世に残していきたいものです。

4月23日、日帰りで長野県須坂市に行ってきました。

1年前のGW後にも須坂市で古墳巡りをしているのですが、その際に行けなかった古墳を見てみよう!という考えですおねがい

 

↑1年前にも訪れた米持天神第1号古墳、ここだけは再訪してきましたあせる

 

 

 

↑米持天神第1号古墳近くにある「鮎川古墳群」の解説板

この日の予定、鮎川古墳群に属する古墳は、こちらの米持天神第1号古墳以外、訪問しませんニヤリ

 

 

 

↑1年前には気がつかなかった、こちら!古墳見学用の築山びっくり

この見学用の築山の存在・・・・1年前のブログ作成後に知ってしまったので、悔しくて(笑)再訪してきたのです。

場所はこちら: 36.636778, 138.294494

 

 

 

↑築山の上、ちゃんと解説板もあった!(1年前のブログに「解説板はありません」と書いてあります)

 (前略)現状は東西約30メートル、南北約35メートルの四角形ですが、古墳のまわりを調査したところ、墳丘のすそ部分から約15メートル離れたところに溝が掘られていたことが分かりました。したがって古墳の大きさは東西約50メートルに達すると巣視察でき、この地方の5世紀代の古墳では最大級となります。

 また古墳の形も、当初は四角形を3段あるいは4段重ねた上に円墳を築いた「上円下方墳」というたいへん珍しい形の古墳だったと推察できます。(後略)

 

 

 

↑こちらが見学用築山から見た米持天神第1号古墳!

う~ん、上から見ても、やっぱりパッとしない(笑)

 

上円下方墳の「上円」って、見当たらないけど、どうして「上円」って分かったのかな?

調査報告書を読んでみたいかも。

 

 

 

↑米持天神第1号古墳の南西側に伸びている部分、これって何でしょうかね?

 

 

 

↑南側から

1年ぶりに訪問したのですが、やはりイマイチな印象を感じてしまう米持天神第1号古墳でした口笛

3月4日に訪れた福岡県飯塚市の古墳、続きです。

 

↑小正西(おばさにし)古墳

やたらに背の高いフェンスによって囲まれてましたびっくり

 

直径約28.5メートル(周溝を含むと31.5メートル)、5世紀末~6世紀初頃築造の円墳。

 

 

 

↑小正西古墳の解説板

 小正西古墳は宅地造成に伴い、穂波町教育委員会(現飯塚市)が平成8~9年に発掘調査を実施しました。
 古墳は全体的に掘削を受けていましたが調査の結果、墳丘の4分の1が残り、南側で約2メートルの高さに幅2メートルのテラス(平坦部)を有する二段築成の円墳ということが判りました。テラスより上位の急斜面には葺石が施され、テラス端部には密な状態で円筒(朝顔形)埴輪が整然と立てられていました。
1号石室は盗掘を受けていましたが、調査中に未盗掘の2号石室が発見され、大量の鉄製品や玉類等の副葬品が出土しました。
(後略)
 

 

 

↑解説右側・・・・・

見学時、草刈りなど公園を整備されてた方々がおり、その方々の上着がかかっていました笑い泣き

 

 

 

↑まずは1号石室へ

それにしても、この保護の仕方、背の高いフェンスにした理由??意味がわからん。

 

 

 

↑1号石室に近づきます。

これは興ざめする保存方法ガーン

 

 

 

↑1号石室の解説板

羽子板状の平面形で、長さ4.55メートル、幅2.1~2.9メートル、高さ2.3メートル。

鉄剣、鉄刀、鉄矛、鉄鏃、刀子、鉄鉇、木芯鉄板張輪鐙、f字形鏡板付轡、玉類などが出土。

 

 

 

↑1号石室内部の様子

一番奥は屍床かな?

 

 

 

↑続いて2号石室へ

古墳の調査中、偶然見つかった2号石室です。

 

 

 

↑石室に近づきます。

羽子板状の平面形で、長さ2.6メートル、幅0.7~1.3メートル、高さ1.0~1.4メートル。

須恵器、珠文鏡、鉄刀、鉄鏃、鉄鋸、刀子、鉄鑿、鉄鉇、鉄斧、鑷子状鉄製品、イモガイ製貝輪、銀環、玉類などが出土。

3~4人分の骨が見つかってます。

 

 

 

↑2号石室内部の様子

現地解説板によると2基の石室の主軸がほぼ直交しており、同時構築でありながら規模に大きな差があるとのことです。

 

 

 

やはり高射砲台もしくはトーチカのような小正西古墳でした。

こちらの小正西古墳の石室内部、昨日アップした川島古墳を同じ日程で年2回、公開しているようなんですよね。来年か再来年か・・・公開日に合わせて再訪してみようかなおねがい

 

1泊2日の福岡県墳活一人旅で巡った古墳、以上となります。

3月4日に訪れた福岡県飯塚市にある川島古墳群、続きです。

今日アップするのは平成4年に福岡県県指定史跡になった装飾古墳の川島11号墳です。

 

↑川島古墳公園から遊歩道を進んで行くと見えてきた川島11号墳。

写真左下、石室への入口があるのですが、当然、施錠されてました滝汗

 

年2回、周辺の古墳や遺跡が公開されているようです。

 

 

 

↑川島古墳(11号墳)

 川島古墳は6世紀後半につくられた直径15メートルの円墳で、内部には前室と玄室の2室を持つ全長7メートルの横穴式石室が築かれています。石室には花崗岩が使われ、玄室の奥壁には巨大な鏡石を置き、その上に石棚があります。鏡石には、現在黒色に見えますが、築造時には緑または青で人物、円文等が描かれていました。

 昭和63年(1988)に発見され、金環、ガラス小玉、丸玉、銀製空玉、琥珀製棗玉、碧玉製管玉、馬具(轡・金銅製雲珠・辻金具)、大刀、刀子、鉄鏃、土師器等が出土しています。

 川島古墳は、遠賀川上流地域において桂川町王塚古墳や若宮市竹原古墳に次いで3番目に発見された装飾古墳です。平成4年(1992)に福岡県指定史跡になりました。この他、飯塚市内の装飾古墳は、山王山古墳(西徳前)があります。

 

 

 

↑こちらが川島11号墳(川島古墳)、奥壁の様子

『飯塚市デジタルミュージアム』より拝借。

 

人物と円文がよくわかりますねおねがい

 

 

 

↑川島11号墳、北側の様子

 

石室が公開されている時期に再訪したいな~照れ