古墳探訪記

古墳探訪記

関東中心に古墳を巡っています。現存している古墳、削平してしまった古墳を含め、すべて写真で記録していきます。時々、神社や地形についても触れていきます。1000年以上も続いた古墳のある風景、後世に残していきたいものです。

3月3日からの一泊二日の墳活一人旅二日目、今日から3月4日に訪れた福岡県宮若市の古墳をしばらくアップしていきます。

 

「宮若市」って知らなかったな~。(地元の方々、スイマセン口笛)

 

 

↑(竹原)八幡塚古墳、東側から

とてもキレイにされています。

 

 

 

↑墳丘南側にある「八幡塚古墳」の解説板

山口川と黒丸川に挟まれた丘陵尾根上に築造された周溝を有する、径約35メートル、高さ6.5メートルの犬鳴川流域では最大の円墳である。昭和47・51年に発掘調査が行われた結果、内部主体は南に開口する全長5.4メートルの竪穴系横口式石室であることが確認された。数度の盗掘にあっていたが、石室内より鉄釘・鉄刀・鉄鏃・馬具類(鞍等)が、墳丘裾より円筒埴輪片が出土した。5世紀後半頃の古墳と思われる。(後略)

 

 

 

↑墳丘東側の裾にある猿田彦命の碑が3基と庚申塔が1基。庚申塔は「元禄」のもの。

 

 

 

↑墳頂へお願い

 

 

 

↑墳頂には石祠が3基お願い

 

 

 

↑振り返って

墳頂から東の方向

 

 

 

↑墳頂から西の方向

高台に古墳が築かれたことがわかりますね。

 

左側に写っている高架は「山陽新幹線」。

 

 

 

↑墳丘北側の様子

 

 

 

↑(竹原)八幡塚古墳、西側の様子

 

明日も宮若市の古墳ですウインク

3月4日に訪れた福岡県宗像市の古墳、続きです。

 

今日アップするのは新興住宅地、「広陵台」の一番高い場所に残された前方後円墳です。

 

↑こちらの階段の上、「広陵台古墳公園」です。

こちらの公園内に前方後円墳1、円墳6が残されているようです。

 

 

 

↑階段を登った先にマウンドがありますね。おそらく円墳でしょうが、名称は知りませんてへぺろ

 

 

 

↑少し歩くとあった「名残遺跡群」の解説板

弥生時代、古墳時代、中世の集落と墓地など、色んな時代の遺物が出土したようです。

 

 

 

↑解説板のある場所を振り返ると、この小山の上に前方後円墳があります。

 

 

 

↑こちらが前方後円墳。『文化財総覧WebGIS』に出てる「名残所在10古墳(仮称)」でしょうか?

 

 

 

↑名残所在10古墳(仮称)?角度を変えてカメラ

左側が後円部、右側が前方部。

名残所在10古墳(仮称)であれば全長25メートル。

 

 

 

↑前方部から後円部方向。

 

 

 

↑後円部墳頂の様子

後円部に陥没は見られないので、名残所在10古墳(仮称)ではない・・・・??

 

『全国古墳データベース』だと「名残古墳」。

墳頂30メートル、後円部径18メートル、前方部幅14メートル、前方部長さ14メートル、前方部高さ2.5メートル。

 

 

 

↑後円部から前方部方向

 

明日は福岡県宮若市の古墳ですウインク

3月4日に訪れた福岡県宗像市の古墳、続きです。

今日アップするのは宗像市名残(なごり)にあります。

 

↑「名残公民館」の斜め前、「名残伊豆丸遺跡」の看板が出ています。(逆光だあせる)

 

 

 

↑このお堂の後ろに名残伊豆丸古墳があるはずなのですが、墳丘はよくわからず。

 

 

 

↑角度を変えても墳丘はわからず笑い泣き

 

 

 

↑お堂に近づくと・・・・ニヤリ

 

 

 

↑石室がありますラブ

 

 

 

↑羨道部、細すぎ!

 

 

 

↑お~!複室構造ですねびっくり

 

 

 

↑後室の様子。

石仏様がありましたお願い

この白いのは何ですかね?カビ?まさかの漆喰??

 

 

 

↑後室から振り返って

かなり窮屈でしたが、写真も窮屈な感じですね。

 

宗像市の古墳、明日に続くウインク