答えは↓をご覧ください。
さて、フィリピン調査旅行記 12日目 4月10日(日)です。
前回の日記はこちら↓
から御覧頂けます。
イースターサンデーだった前日(4/9)は、早朝から礼拝に出席後、O村を出発。バコロッド近くのシャトルバンの停留所で1時間も待たされ、何とかPAL(フィリピン航空)でマニラまで移動した為、どっと疲れが出て、多分、10時台に寝落ち。![]()
というわけで、この日は6時過ぎに目覚め、トイレに行って、しばらくしてからリハビリ開始。
この日最初の仕事は、O村で洗えなかった洗濯物を出しに行くことです。![]()
前回(2018年)までは、日本のNGOの元研修生D宅に泊めて貰い、Dのお母さんであるBおばあちゃんのお手伝いの方に洗濯物を預けておくと、出発までに仕上げてくれていました。
が、今回、息子Dはルソン島のパンパンガに、Bおばあちゃんはセブに行ってしまい、2人の家はもぬけの殻。
で、バコロッドを出てO村に向かった4月5日(水)以来の洗濯物がどっさり溜まっていたのです。![]()
前回までは、長きにわたって常宿だった前のペンションから徒歩5分くらいところにあったランドリーにず~っとお世話になっておりました。そこはスタッフの感じも良く、いつもきちんと仕上げてくれるので、信頼がおけたのです。![]()
今回、宿替えはしたものの、前のペンションとは、徒歩5分余りの距離です。なので、私達は当然、そのランドリーにお世話になるつもりでした。
が、前日、夕食に出かけた時にその辺りを歩いてみると、どうもランドリーが消えてしまっている気配。![]()
私達がマニラで宿泊する場所は繁華街。いわゆる観光地ではないのですが、海外から来る人達もよく利用する場所です。
思えば、パンデミックが始まってすぐの2020年3月半ば、フィリピンは早々にロックダウンし、海外からの渡航者をほぼすべてシャットアウト。その後、1年間、その状態が続いたのですから、渡航者を上客としていたランドリーが大打撃を受けたことは言うまでもありません。
長らくお世話になっていたあのランドリーで働いて人達は一体、どうなってしまったのだらふ?と、何だかしんみりしてしまった私達。![]()
が、兎にも角にも、新しいランドリーを探さなければなりません。
で、午前7時半過ぎ、パペルがペンションの受付に、近くにあるランドリーについて聞きにいくことに。
パペル: Magandang umaga po. Melon ang laundry malapit dito? (おはようございます。この近くにランドリーはありますか?)
スタッフ: O po. Melon po. (はい、あります。)
パペル: Nasaan ba iyong laundry na pinaka malapit? (一番近いランドリーは何処ですか?)
スタッフ: Marami pong laundry na dito. (ランドリーは沢山あります。)
※これまではイロンゴ語でしたが、マニラではタガログ語でお届けしております。
そう言いながら、スタッフが教えてくれたランドリー2つをメモして帰室したパペル。この間に私は顔面UVカット終了!
何はともあれ、まずは腹ごしらえです。
この日はO村で食べはぐれた時の為に、バコロッドで買って、ず~と持ち歩いていたこれ↓
を頂くことに。
日本ではほぼ食さないカップヌードルです。
これを持ってペンションの中庭のような所にあるダイニングスペースへ。このスペースには、冷たい飲料水とポットに入った熱湯に近いお湯とマグカップとが置かれています。
なので、自分で持って来たインスタント珈琲や紅茶をそこで作って飲むことも出来るのです。
その上、フリーwifiにつなげるので、ここで仕事をしている人や、家族とface timeを楽しんでいる人も。
私達も早速、持参のカップヌードルにお湯を注ぎ、待つこと3分。調査旅行中はいつも持ち歩いているPAL(フィリピン航空)で貰ったフォークでいただきます!![]()
8時半過ぎ、あっという間に朝食終了。物足りない。![]()
そのまま、パペルは洗濯物を持って、教えて貰ったランドリーへ。私ラピスはダイニングスペースでメールチェックを。
約15分後、無事洗濯物を出し終えて戻って来たパペルと一緒に、部屋に戻ったのが9時少し前。
と、9時過ぎにパペルのiPhoneに日本から着信が
!![]()
実はその前にも仕事に関する問い合わせの電話がかかってきたのですが、途中でブチッと切れてしまい、そのままになっておりました。恐らくパペル自宅の固定電話にかけたものが、パペルのiPhoneに転送されてくるので、どこかで回線に不具合が起きるもよう。![]()
で、この時も途中で切れてしまったので、パペルはショートメールで、現在海外にいるので、通信状態が悪い事を伝えた上で、問い合わせについて答えてくれそうな会社の連絡先を書いて送ることに。
「海外でもそのまま使えるヴォーダフォン」(←これ、覚えている人も少ないかも?)以来、日本で使っている番号そのままで、海外でも繋がるようになったのは本当に喜ばしいことに違いないのですが、私達が海外にいることを知らない人達からの仕事の電話がフツーにかかってくるのは玉に瑕。![]()
あ、今、フィリピンです、と言うと、大抵の人は驚きますし。![]()
さて、そんなハプニングに見舞われながらも、食後の歯磨きをしたり、出かける準備をしたりして、部屋を出たのは10時10分頃。
いつもなら、この日はマニラに住んでいるNGOの元研修生Jの家に行き、聞き取り調査をするのですが、ネグロス出身のJは今年、私達と同じ時期にお里帰りをしていたので、O村でちらっと会ったきり↓。
で、Jの聞き取り調査は断念。
後はO村でお世話になった人へのお礼の品と日本へのお土産を買うミッションが残るばかり。
いつもなら、J宅に近いMegamallのSMで買い物をするのですが、今回はJ宅に行かないので、巨大なSM、Mall of Asiaに行くことにあいなりました。
SM MegamallにはLRTとMRTを乗り継いで行くのですが、Mall of Asiaに行くにはタクシーが便利そうです。
というわけで、通りに出て、流しのタクシー↓を拾う事に。
食わせ物のドライバー。
これまでも何回か書いてきましたが、フィリピンでは助手席にお客さんが乗る習慣があり、時々、メーターを操作して料金を上乗せする輩もいるので、必ずパペルは助手席に。
パペル: Mall of Asia na lang. (モール・オブ・アジアまで)
すると、驚いたことに、このドライバー、吃驚するような値段を言いました。余りのことにすっかり忘れてしまいました
が、普通にメーターで行く3倍以上の値段です。![]()
パペル: Haa? Hindi ganong. Meter na lang. (は?そんなにする筈はない。メーターで行って。)
しかし、このドライバーが中々、しぶとくて、今度は急に半額にして交渉してきます。
結局、メーターにいくらか上乗せするくらいの値段で落ち着きましたが、久しぶりに遭遇したボリボリタクシーでした。![]()
そんなタクシーでMall of Asia↓
に着いたのは10時半。
入ってみると、こんな↓
未だに何のためのトンネルなのか
分かりません。
いわゆる映えスポット?
不思議なトンネルが。
この謎のトンネルを抜けてみると、やたらでかいショッピングモールが出現。
何だかガラ~ンとしている所もあり、まだ未完成の部分もあるようです。
いつも行くSMなら何が何処にあるか、大体、把握できているのですが、右も左も分からないこの巨大なモールには、地図もあちらこちらにはないので、人に聞くしかありません。
私達が目指すのはSt. Paul。私達が「神様系」と呼んでいる教会系グッズを扱うお店です。O村の人に贈るのに最も無難で、誰に贈ってもOKなのが、この「神様系」グッズなのです。
あちらこちらの人に聞き、ようやくSt. Paul↓
にたどり着いたのは、モールに着いてから20分後の10時54分。![]()
早速、店内に入り、マニラから航空便で送っても壊れにくく、あまり嵩にもならず、ある程度、見栄えもする品を物色しながら、あーでもない、こーでもないと言って決めたのがこちら↓。
これを5つ。
特にお世話になった2家族にはSacred Heart of Jesus Immaculate Heart of Mary と呼ばれる一種のタイルを↓。
画像はお借りました。
で、これらをひとつひとつ箱詰めして貰って(ラッピングはして貰えません)、St.Paulを後にしたのが11時半過ぎ。
エスカレーター↓をおりて、
トイレ↓に行き、
後で、日本へのお土産を買う為に寄るKultura↓
の場所をチェックしてから、お馴染みのフードコートへ。待ちに待ったランチです!
・・・が、ここは何だか勝手が違いました。![]()
この続きはまた次回に。
つづく











