白梅の
香る陽気に
雛飾り
弥生三日は上巳の節句。
梅花と共に素朴な土人形を飾りました。
この土人形は母方の大叔父で、鳥取県伝統工芸士の郷土玩具作家 加藤廉兵衛作品です。
この雛飾りは六十年ほど前の作品。少しとぼけた表情がなんとも愛らしく、飾るたびにこちらまで頬がゆるみます。
上巳(じょうし)は五節句の一つで、三月三日の節供。もとは中国の禊ぎに由来する厄払いの行事で、日本でも川辺で祓えをし、宴を開く風習がありました。平安時代には紙雛を川に流す「流し雛」が行われ、やがて家に飾る雛人形となり、江戸時代には広く親しまれるようになったといわれます。
廉兵衛おっちゃんの家は、私の実家から十五キロほど離れた田んぼに囲まれた小さな農村で、かつて油屋とよばれた長屋門に囲まれた屋敷です。
庭の奥には大正時代の白亜の洋館も付属していました。なんでこんな田圃しかない様な田舎に白亜の洋館があるのだろうと不思議でしたが、おっちゃんの両親がモダンだったんでしょうね。
この家は大伯父加藤の壽賀男おっちゃんの家で、そこに弟の廉兵衛おっちゃんも居んなりました。 僕は小学生3年の頃から、一人で自転車に乗り時々遊びに行っていました。子供用自転車など買う余裕もない家で、乗っていたのは家にあった大人用のガッシリと重い自転車です。小学生3年生には15kmは自転車で1時間以上かかる遠いところでしたが、小遣いもない僕にはタダでどこへでも行けるスーパーカーでした。
廉兵衛おっちゃんは終戦を満洲でむかえ、帰国してから仕事もせず、戦争の痛手を癒やされていたのでしょう。地元の河原の土で独自に土人形ばかり作っていました。
遊びに行くと廉兵衛おっちゃんがいつも奥の部屋の縁側で、土をこねて人形を作っていました。 なんで仕事もせず、こんな人形ばかり作っているのだろうと思いながら、でも、干支の兎や虎、馬や牛、犬などを沢山並べて庭で乾してあり、とても愛くるしい土人形でした。
「廉兵衛でこ」「北条土人形」とよばれていました。 やがて廉兵衛おっちゃんは鳥取県無形文化財となっています。


