山梨県立美術館 山下清展 2025.10.25 | foo-d 風土

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 山梨県立美術館 2025.10.25

生誕100年 山下清展-百年目の大回想

   2025年9月20日(土)~11月24日

 私が幼少の頃、毎日遊びに行き、可愛がってもらっていた伯父の家に山下清が来て、作品も作っていますし、私の実家の玄関には山下の代表的な作品の花火の貼絵も飾ってあり、子供の頃から山下清の作品はとても身近に感じていました。

 その山下清の生誕100年展があるというので甲府まで行きました。

 

 

 今回の展覧会は代表的な花火や鉄道、富士山等の貼絵の作品だけではなく、幼少期の鉛筆画から晩年までの貼絵、油彩、水彩画、ペン画、陶磁器の絵付けなど約190点を展示し山下芸術の豊かさ、奥深さを紹介し山下清の人物像にも迫っていました。

 10歳頃の絵にはもう美的感覚が観えていて、まるで熊谷守一の絵の様な作品もあり、15、6歳ではすごく緻密でありながら構図の取り方、描写力の素晴らしさが溢れかえっています。

 

 

 

 

 

 学園を勝手に飛び出し、日本各地を自由気ままに旅する生活を好んだ清ですが、驚異的な記憶力を持っており、スケッチやメモを取らずとも、旅先で見た風景を細部まで正確に思い出し。旅から戻ると、高い集中力で、手で細かくちぎった紙片を緻密に貼り合わせ、超絶技巧の貼絵を制作しました。そこに見られる丁寧な細部描写と豊かな色調という魅力は、油彩やペン画、水彩画など他の作品にもよく表れています。

 油性マジックは一度書くと書き直しができませんが、見事に緻密な点描を書いています。

 

貼り絵はあまりにも細かい1mmほどにちぎった紙を重ねて貼り合わせ、その緻密さ正確さには驚くばかり。

生涯に油彩画は10数点しか書いていないのですが、ヨーロッパへ行った時の油彩の点描は、緻密な貼り絵の技術が生かされておりとても見事。

今回の時系列を追うこの会は、山下清の新しい面の発見もたくさんありとても充実した展覧会でした。

貼り絵は一般的な絵とは異なり、重ねて貼っていくので微妙な立体が場所によっては高く低くなっていますから、 写真ではこの実物の良さが全くわかりません。

是非、本物を鑑賞してその良さを確認してくださいね。

 少し残念だったのは、山下清という子供の芸術的才能を見つけ、苦労して導き続け開花させた式場隆三郎(清の文に出てくる「先生」)について、何ら触れられていないことです。

 式場隆三郎は新潟大医学部で親友の吉田翔也と共に、柳宗悦の民芸運動最初期に加わり、その後、雑誌民藝の創刊から携わっているが、山下清が世界的芸術家になれたのも式場隆三郎の苦労あってのもので、更に日本各地の民芸運動の仲間たちの協力も大きかったとおもわれます。

その一例ですが、

 1956年8月、34歳の山下清は、彼を指導した式場隆三郎に連れられ、吉田璋也の招きで鳥取の牛ノ戸焼を訪問し、その後、倉吉市の知的障害児施設・皆成学院を訪問し、「裸の大将」として多くの人々に歓迎されました。

 皆成学院は児童の教育に陶芸を取り入れており、大きな登り窯建設や陶芸指導には、美術教諭で染織家の吉田たすく(私の父)が関わり、学院の学校医は彫刻家でもある伊藤宝城(筆者の伯父)でした。

 二人は吉田璋也とも親しく、山下清の訪問を提案したのはこの兄弟だったのではないかと考えられます。

山下清は倉吉滞在中、伊藤宝城の家を訪れ、そこで作品を制作していますが、その場所は伊藤病院の一室で、私が子どもの頃に遊んだ思い出の部屋でもありました。

 (この展覧会は、残念ながらすべて撮影禁止でしたので、ネットにあったものから引用し、モノクロ写真は伯父の家で創作する山下清と伯父です)

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生誕100年 山下清展-百年目の大回想

2025年9月20日(土)~11月24日