染めと織の万葉慕情65
織女の袖つぐ宵
1983/07/08 吉田たすく
昨晩は七月七日の夕(ゆうべ)でした。このタのたなばたの歌は沢山あり百数十首にものぼります。もちろんたなばたは織姫ですから染織品をつかった歌がかなりの数にのぼります。
彦星と
織女(たなばたつめ)と
今夜(こよい )逢ふ
天の河門に
波立つなゆめ
それは地上の人が空を見上げて詠ったねがいの歌で、 ゆめゆめ天の川の波よ荒れないでおくれ彦星がわたるんだからと。
秋風の
吹きただよはす
白雲は
織女(たなばたつめ)の
天つ領巾(あまつたれ) かも
白雲のただよっているのは、歳女の肩にかけている白く長いストールなのか。
天の川
霧立ち上る
織女(たなばた)の
雲の衣の
かえる袖かも
空のうす雲はストールではなく袖なのかなあ。
古(いにしへ)に
織りてし機(はた)を
この夕
衣に縫ひて
君まつわれを
以前から機で織った布をあなたに着せるように縫って待ってるのよ。
機(はたもの)の
木(まねぎ)持ちゆきて
天の河
打橋わたす
君が来むため
あなたが上陸しやすいように機(はた)のふみ木をこわして持って行って橋にしてあげましょう。
とうとう機までこわしてしまって待っています。
岸でまっている女の所へいよいよ舟が近づくのでしょう。
天の川
門に立ちて
わが恋ひし
君来ますなり
紐解き待たむ
腰紐を解いて待ってますよはやくはやく。
ようやく二人になりました。
織女(たなばた)の
袖つぐ宵の
暁(あかとき)は
川瀬の鶴(たづ)は
鳴かずともよし
織女と彦星が、互に袖をかわしあっているつぎの朝は、天の川瀬の鶴よ、なかないでそっとしてあげて、いつまでも暁に気がつかないようにね。
遠妻(とおつま)と
手枕(てまくら) 交えて
さ寝る夜は
鶏(かけ)は鳴きそ
明けば
明けぬとも
一年に一度しかあえない遠い地に居る妻と、今、手枕交はして寝ている今夜だけは、朝なく鶏よ。夜が明ければ明けたでよい鳴かないでくれ二人の
ために。 相見ても袖を交して寝ていても飽き足らずそれでも夜は明けて来るのです。
さ寝そめて
幾何(いくだ)もあらねば
白拷(しらたへ)の
帯乞ふべしゃ
恋も過ぎねば
寝そめていくらもたたないのに、互いに解いた白栲の帯をよこせなどといいなさんな。 まだ恋の思いが尽きもしませんのに。 もっともっといっしょに寝ていたいものを。
織女(たなばた)の
今夜逢ひなば
常のごと
明日をへだてて
年は長けむ
明日よりは
わが玉床を
うち拂ひ
君とはい寝ず
獨(ひとり)かも寝む
明日からは二人で寝た床もうちはらって一人で寝るしかないのです。 七月八日の今朝はあけてしまったのです。
(新匠工芸会会員、織物作家)
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父がこれを書いたのは丁度40年前でしたが、7月7日は晴れでした。
2023年の七夕も晴れそうです。
できれば雲ひとつない空の、天の川を見上げて想いを巡らしたいものです。
長く長く待ち望んだ織女と牽牛の1日は、熱く熱く燃え上がりもっともっといっしょにいたいことでしょう。
しかし一日は一瞬の様に過ぎ去り、
遠い来年の逢瀬を待つしかないこの侘しさ悲しさはいかばかりでしょう。燃えれば燃えるほど別れは切ないものです。
恋する者達は二人を遮る障害があればあるほど燃え上がりますが、心理学では、このことを指して「ロミオ・ジュリエット効果」といいます。
日本流に言うと、障害が大き過ぎて燃え上がり、人の持つ業(ごう)の深さ、色恋のためにすべてを犠牲にする、「近松の道行効果」とでも言うのでしょうか。
私もかつてそれに近い様な想いも何度かいたしました。
涙に濡れた日記や手紙
愛おしく苦しい想いは
星空や大自然の研ぎ澄まされた美しさや、
なにげない路傍の草花の美しさまで、
さまざまな夢や感情を育ててくれました。

