染めと織の万葉慕情31  栗の歌 (2)    1982/11/05 吉田たすく | foo-d 風土

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染めと織の万葉慕情31

 栗の歌 (2)

   1982/11/05 吉田たすく

 先週の栗染の話のつづきですが栗をあつかった歌に「布を曝す井戸」の

詞をつかった歌で染織に関係した歌があります。

 

 三つ栗の

  那賀に向へる

   曝井(さらしい)

  絶えず通はむ

   そこに妻がも  (注1)

 

 武蔵の国の那賀という所に向きあっている曝井の水が絶えないように通いたいその那賀へ、そこに妻が居て欲しいものだというのでしょう。 この地名の那賀(なか)の詞を 「なか」と見てその詞を飾るため、三つ栗と上

につけたのです。

 いが栗の中には三個の栗の実が入っていますので、そのなかが那賀にか

かるのです。 万葉の歌は詞ばあそびをしているみたいです。

 万葉集には多摩川で布を曝す歌がありますが、那賀も同じく麻織物の盛

んな所であったのかもしれません。

織り手の乙女が爆井で織り上げた布を曝している。その乙女の白いかいながちらちら見えて、あんな乙女が妻であったら毎夜通いたいものだなどと思っての歌でしょうか。

 栗の歌に染織に関係ありませんがもう一つあります。この歌は、「妻に与ふる歌」と「妻のこたふる歌」の二首からなっています。(注2)

 

 雪こそは 

  春日(はるひ)消ゆらめ

   心さへ

  消えうせたれや

    言(こと)も通はぬ

 

 松反(まつかへり)

  しひてあれやは

   三栗の

  中上り来ぬ

   麿といふ奴  

 

 雪は春日に消えるでしょうが、心までも消えたのだろうか(そんなはずはないと思うけれど)言葉すら行来しないことだ、と主がぼやけば、妻はこたえて歌うのです。

 松反は枕詞で「しひてあれやは」 できものが出て感覚を喪失する意だそうですから、しびれてばかになってしまった(わけでもなかろうに)中上(なかのぼり)して私の所に来もしない、麿という奴はほんとうに。

 

 中上りというのは当時国守が任期中に一度、京都へ中間報告に上る事で

す。その中を飾る詞として三つ栗がつかわれているのです。

 

 ここで栗の歌をおわりますが、栗染の歌はありませんでした。栗で染め

ればあんなに美しい茶色、くり色が染まりますのに、万葉人は栗を使った染色はしていなかったのでしょうか。

 ところが栗に似たものに「どんぐり」がありますが、このどんぐり染の

歌がかなりあるのです。

 次回は、どんぐり染の歌とりあげてみます。なかなかおもしろい歌がそ

ろっています。

 

      (新匠工芸会会員、織物作家)

 

 …………………………

 

(注1)

 

三つ栗の 那賀に向へる 曝井(さらしい)の 絶えず通はむ そこに妻がも

 

作者 高橋虫麻呂(たかはしのむしまろ)

那賀(なか)に向って、流れてゆく泉のように絶えることの無い様に通っていこう。そこに愛しい妻がいてくれたらもっといいのになぁ。

栗(くり)は、中に実が三つ入っています。そこで、「三栗(みつぐり)の」で「なか」を導いています。

 

  那珂へと注ぐ曝井の

    湧き水のように絶え間なく

    通(かよ)って行こうと思うから

    そこに妻がいてほしい

 

那珂郡(なかのこおり)の曝井(さらしい)

 「那珂郡」茨城県水戸市の一部と那珂市・ひたちなか市・常陸大宮市のほぼ全域。

 「曝井」茨城県水戸市愛宕町の湧き水。

 

(注2)

両歌共 作者 柿本人麻呂

 

妻に与えた歌

雪ならば春日に消えもしようが、そなたは心まで消え失せたのか何の便りも寄越さないね。

 

妻が応えた歌

都から離れて長くなるせいか、都をお忘れになったのかしらね。三栗でもちゃんと中があるのに中上りもしないままですものね、麻呂って人は。