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. 小さな時からシャンソンも好きでラジオやレコードで聞いた。東京で学生の頃 銀座七丁目の銀巴里にもよく行き美輪明宏 工藤勉 金子由香利など様々な歌手の歌も聞いた。 その本場パリのシャンソンの歌姫 ジュリエットグレコ 魅力的な歌声 https://m.youtube.com/watch?v=PXEiY4urU-g グレコが 来日したとき 別々の年に2回行った 東京の文化会館 新宿 厚生年金会館 だったと思うが 黒髪に黒い衣装で舞台に立ち ちょっと低音のハスキーボイスで 静かに歌い出す 秋の似合う女性だった ある秋の日 旅立った ジュリエットグレコ死去 93歳 また 一つの 歴史が 去った ………………………… 仏シャンソン歌手の大御所で、「枯葉」や「パリの空の下」などを歌ったジュリエット・グレコさんが9月23日、仏南東部の自宅で死去した。93歳だった。 1927年、仏南部モンペリエ生まれ。第2次世界大戦中、対独レジスタンスの活動家だった母親が強制収容所に送られ、自身も警察に一時拘束された。 戦後、パリ・セーヌ川の左岸で知り合った実存主義の哲学者サルトルに勧められて歌手を志した。作家のカミュや哲学者メルロポンティらとも交流。多彩な芸術と文化が花開いたこの地区の名称をとって「サンジェルマン・デ・プレのミューズ(女神)」と呼ばれた。 世界的にも最高峰の歌手と称えられ、戦後のシャンソン界を牽引する存在であったが、2016年を最後に一線から退いた。 特に1950年代から1960年代の間には数多くの映画に出演している。日本には通算22回来日しその間 日本にもシャンソン・ブームをもたらした。 黒い長い髪をなびかせ、黒ずくめの衣装で歌うのがトレードマークで、彼女はジャン・ポール・サルトルやボリス・ヴィアンらアーティストのインスピレーションを刺激し、彼らから曲の提供を受けるなどして、一線で活躍した。ジャン・コクトーが映画『オルフェ』に起用した。また『枯葉』はバレー曲、映画音楽などとして作曲され、シャンソンとして歌詞がつき、その後ジュリエットの歌で流行り、マイルス・デイビスもセッションの2曲目としてよく演奏した . ………………………… #物語のある料理 #野の花料理 #恵那の野山の蕎麦懐石 #蕎麦懐石 #十割蕎麦 #蕎麦 #超粗挽き蕎麦 #1日1組貸切 #グルメ #マクロビ #ベジタリアン #アートのある暮らし #陶芸 #ミニギャラリー #ジュリエットグレコ

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