なぜ、私が外国語を「囓る」のか。 | 愛知県一宮市 ピアノ教室ff(フォルテッシモ)

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夢はピアニスト。日本には、もう住まない!
そう思っていた私の、運命の嫁ぎ先は、お寺でした。

藤原式ナチュラルメソッドで、
楽に表情豊かに音楽を奏でるレッスンをお届けします。

お寺といういつもと違う空間で、
音楽を楽しみ、心をまあるくしてみませんか。

私は、英語の通訳経験があります。
二年ほど、東京で。

学生時代に、英検一級をとって、国連英検も取りました。



なぜか。
将来、国連で働きたいと思ったから。






残念ながら、それだけの能力もなく、今はここにいるのですが……。





それでも、様々な言葉に興味があり、今でも勉強(?)を続けています


それは何故か。




それはね。
言葉を知ったら、その国の文化を好きになるから。
その国の人を好きになるから。
なったら。
戦いを起こすことも減るだろうから。


言葉だけでは超えていけないものも多分にあるのが、現実ですが…しょぼん

今、世界中の様々な地域で、人々が紛争で亡くなっています。
私たちの、この地球の未来である子供達の命を、大人たちが奪っています。


子供の命を奪うことは、自分たちの未来を奪うこと。
憎しみからは、憎しみしか生まれない。



どうかどうか。
子供たちの命を奪わないで。



今、戦火の最中にあるガザ地区から届けられた「HAPPY」をあなたへ。







どんな宗教も、存在を認められなければならない。

どんな宗教も、他の宗教を踏みにじってはいけない。

宗教は、どんな理由であれ、人の命を奪うものであってはならない。



親は子供を守らなければならない。

大人は子供を生かさなければならない。

国家は、国民を保護しなければならない。



「ならねばならぬ」が、ダメだというのなら。
自分の権利も主張することなきよう、願いたい。


私たちが守らなければならないのは、宗教以前の問題。
道徳の範囲ではないでしょうかはてなマーク