1997年の12月、ハイパーネットが倒産しました。


ハイパーネットは、画期的なプッシュ型の広告配信システムを開発した会社で、当時は何かと話題になっていました。


私自身、そのシステムを見たときには「すごい」と驚嘆したことを覚えています。


ナスダックへの上場準備をしているとも噂され、飛ぶ鳥を落とす勢いだったのですが、銀行が引いてしまったことで倒産に追い込まれてしまいます。


倒産の要因は、間接金融に頼ったことだと言われていますが、当時住友銀行の支店長だった国重さんが無担保で2億5千万の融資をしたことが信用となり、20億円の借入と10億円のリースで事業を拡大していました。


ただ、金融機関の融資引き締めの時期も重なって、返済をし始めたために、結果資金が回らなくなってしまったのです。


このハイパーネットの社長をされていたのが板倉氏、そして副社長をしていたのが夏野さん、そう彼が後にiモード立ち上げの人物となって時の人となることは皮肉なものです。


ハイパーネットは、色々な教訓を我々に遺してくれましたが、その後ネットベンチャーブームが訪れます。


1999年には小池さんと西川さんによって「ビットバレー」が生まれ、その年にはプロバイダーのIIJとインターQ(現GMOインターネット)が上場しますが、IIJが2500億円、インターQが1200億円の時価総額を付けます。


そして、マザーズという新興市場が開設されたとき、ネットバブルは最高潮を迎えます。


1号案件だったインターネット総研が7000億円、2号案件のリキッドオーディオが1500億円(後に上場廃止)でした。

そして、翌年にクレイフィッシュ(現eまちタウン)が1兆円、サイバーエージェントが700億円の値をつけて上場します。


これらはすべて上場時には赤字の会社でした。
それにこれだけの時価総額が着いたのも驚きですが、結果多額の資金調達が出来たために、その後の競争においても生き残ることができたのです。


これに連動してソフトバンク(20兆円)、光通信(7兆4千億)という今では考えられない時価総額を記録しました。


fonfunは実は2000年に上場予定でしたが、この時に上場していたら資金に悩むことは無かったかも知れません(結局は延期して2002年に上場、調達額は1億程度)。