誕生日 10/15

さて、14日は私の39回目の誕生日でした。40歳を目前に控えていることもあってか、思ったよりも感慨深いものがありました。

そこで、午前中は興味本位で、自分の誕生日である10月14日というのはどんな日なのかを調べてみました。

まず、「歴史的にどういったことがあった日か」ですが、水戸黄門政界から引退(1690年)、徳川慶喜大政奉還(1867年)、長島茂男引退(1974年)と、「引退や返還」という出来事が多かったようです。(ちなみに田中角栄元首相、吉田茂元首相が引退の意思を表明した日も同日)
他には、日本主導下でフィリピン共和国が成立(1943年)、東京タワー完工(1958年)、キング牧師のノーベル平和賞受賞決定(1964年)、ソウルで統一協会が1万人参加の「集団結婚式」を開催(1982年)、などがあります。

次に、「どういった著名人が誕生した日か」ですが、日本人では、岩崎久弥(三菱財閥主宰:1865年)、トニー谷 (喜劇俳優:1917年)、白石冬美(声優:1941年)、旭道山和泰(関取、議員:1964年)、永作博美 (女優:1970年)、高木浩之(プロ野球選手:1972年) 、不動裕理 (プロゴルファー:1976年)が、
外人では、ロジャー・ムーア(イギリス俳優:1927年)、D.アイゼンハワー(34代米大統領:1890年)がこの日に誕生しています。
ちなみに、現在は著名人ではないですが、1983年のこの日には、日本初の試験管ベイビーが私の母校の東北大学にて誕生しています。

それと、同日が記念日のものとしては、以下があるようです。
日本初のPTA全国組織が誕生(1952年)
新橋と横浜を結ぶ日本初の鉄道が開通(1872年)
祝祭日を定め休日とすることを決定(1873年)
また、世界標準の日、人形供養祭(京都)が行われる日でもあるようです。

少し博学になった気分で、午後からは調布市にある神代植物公園というところに行ってきました。私は以前調布市に住んでいたこともあり、この公園には度々足を運んでいたのですが、ここ数年行っておらず、今日はちょうどバラフェスタというのが開かれていたので、観に行ってきました。

世界中のバラが集められたバラ園(しかも今日は時折クラシックの生演奏有り)があり、、プレートにはバラの名称、作出年、産国が書いてあります。
誕生日であることもあり、1967年生まれの品種を探してみたところ、マジョレット(フランス)、ブライダル・ピンク(アメリカ)、タマンゴ(フランス)という私と同じ誕生年の3種のバラを見つけました。
記念に購入したいなと思ったのですが、これらの販売用のものはなく、販売用で売られていたバラを見てみて、私が一番気に入った「アンネの思い出」(ベルギー)という綺麗な色のバラは、残念なことに先客に買われてしまいました・・・。

バラ園のバラ一つ一つを匂いを嗅ぎながら、ゆっくりと鑑賞しながら、昔よく花の絵を描いていた自分を思い出しました。そしてその頃の自分と今の自分を比較し、昔の自分はいかに感受性が豊かだったか、ということを自覚しました。

30代の最後の1年、大事に生活していきたいと思います。

日中定期便 10/14
とあるニュースで先般安部首相が中国を訪問した際に「安部首相と中国の温家宝首相の会談で、東京と上海の定期便の運行について基本合意がなされた」と報道
されていました。
これは私にとって(というか会社にとっても)とても大きな出来事です。
というのは、現在上海に行く飛行機は、千葉の成田空港から上海の浦東空港との間を運航しているのですが、この定期便は東京の羽田空港から上海の虹橋空港間の運航となるのです。分かりやすくいうと、これにより移動時間は2時間ぐらい短縮されます。

羽田空港も虹橋空港も国内空港なので、都心に近く、かつ搭乗までの時間も節約できます。
具体的には、例えば私の家から上海の中心部までは、家から成田までが2時間30分、空港待ち時間が1時間30分、成田から浦東までの空路が3時間弱、浦東空港から上海中心部までが1時間弱で、計7時間以上かかります。これが5時間ぐらいになりそうです。

私は出張の際、考え事をするとき以外は、溜まった事務処理をすることが多く、今までは移動時間の7時間を有効に使うため、バッテリーが7時間持つノートPCを選んで使っています。
それでも何ヶ月か経つとバッテリーの持続時間は徐々に少なくなってきて、大概移動途中(しかも大概とても微妙なタイミングで)で切れてしまうことになります。
これが5時間だときっとベストなコンディションになると思われます。
出張も半日有効に使えるかも・・・。

ちなみに、定期便は来年4月開始が目標とのこと。今から待ち遠しいです。

業界内でのfonfun 10/13
昨日、非常に悔しい出来事がありました。
毎年この時期になると「業界地図」なる書籍が出版されます。
この「業界地図」には、その名の通り、各業界ごとにプレーヤーとそのポジショニングなどが図示されていて、一般の人には大変分かりやすい構成を取っています。

この「業界地図」は、日経新聞を発行している日本経済新聞社と、会社四季報を発行している東洋経済新報社の2種類が隣同士で平置きで並べられているのですが、この両方ともにモバイルサービス業として「fonfun」が記載されていないのです。
もっとも、過去も掲載された記憶は無いのですが、それでも同ページに記載してある他社と比較して、それほど劣っているとも思えず、いかにまだ認知度、注目度が足りないかを実感させられました。
と同時に来年は絶対に載せてみせる!との気持ちを強く持ちました。

更に追い討ちをかけるようなことが・・・。
自社の載っていない業界地図の購入はせず、いくつかのビジネス関連の書籍を購入し、電車の中で「週間ダイヤモンド」という雑誌を読んでいたのですが、週間ダイヤモンドには始めの方に、「社長の誕生日」というコーナーがありました。
そういえば今週自分の誕生日だったな・・・と思いながら目を移した14日の欄には、私の名前はありませんでした。
このコーナーの対象企業をどういう基準で選んでいるのかは分からないのですが、私個人はどうでもいいのですが、この事も会社自体がメジャーになっていない証拠なのだと思いました。

今になって冷静に考えてみると、確かに現時点の「fonfun」は昨年M&Aを積極的に行うことによって連結ベースではそれなりの会社になってきましたが、単体では業績も十分ではないですし、事業もリモートメールに依存している部分が大きいので、業界内でのインパクトはまだまだなのかも知れません。

会社も自分も精進せねば・・・。

憧れの車 10/12
取材の参考資料として質問表というのに目を通していたら、欲しい車というのがありました。
私はあまり車に詳しい方ではないのですが、子供の頃からずっと憧れていて、オーナーになるのが夢の車があります。それは「ランボルギーニ・カウンタックLP500Sの青」です。
LP400ではなくあくまでも上位機種でウィングのついたLP500S、そして黄色や赤ではなく青というところにこだわりがあります。

カウンタックを知らない人もいるかも知れませんが(こういうとき写真を載せれるといいんですけどね(笑))、扉が上にスライドして開くのが特徴で、リトラクタブルライト(ヘッドライトが普段はボンネットに格納されていて、ライトを付けるとライトカバーが上に上がってライトが点灯する)を搭載しており、当時世界最高速度(315km/h)で走るスポーツカーです。新幹線と同じぐらいの速度で走るのですから、すごいですよね。値段は・・・5,000万円ぐらいでしょうか。

私が小学校の頃にスーパーカーブーム(スポーツカーとは言わないことに注意)というのがあって、スーパーカーのプロマイドカードが流行したり、デパートや遊園地などのイベント会場で実車を展示して写真撮影会が行われたりしていました。
初めてカウンタックを目にしたときには、その車高の低さとボディラインの美しさに声が出ないほど感嘆したのを覚えています。

ちなみに、スーパーカーには、他にも私が小さい頃のあだ名でもあった「ランボルギーニ・ミウラ」や、「ランボルギーニ・イオタ」「ロータス・ヨーロッパ」「ポルシェ・ターボ」「フェラーリ」などがありました。日産が出していた「フェアレディZ」というのもスポーツカーの仲間と言われていたこともあります。

私はなぜかフェラーリやポルシェとかには全く興味がありませんでした。おおよそ、スーパーカーファンは「ランボルギーニ派」「フェラーリ派」「ポルシェ派」に分かれていましたが、ランボルギーニ派はミーハー、ポルシェ派は堅実、フェラーリ派は成金、といった感じでした(結構主観が入ってるかも知れません(笑))。

このスポーツカーブームにあいまって、自転車メーカーもリトラクタブルライト搭載の自転車を発売したのですが、普段買い物ねだりをしなかった私が、唯一親に懇願して買ってもらったのが、ブリジストンモンテカルロという自転車で、リトラクタブルライト搭載、おまけに「くじ」で当てた品川ナンバープレートをつけて自慢気に走っていました(笑)。

夢はさておいて、スーパーカー以外で現在乗ってみたいと思っている車は、ゲレンデバーゲン(メルセデスGクラス)、ジャガーXK(オープンカー)です。
ゲレバはこれまた流行する前から好きだった4輪駆動の車であり、オープンカーは天気の良い日のドライブのときにお洒落をして乗ってみたいと思っています。

車の話をしていたら、欲しくなってきました・・・。
独占と非独占 10/11
ビジネスでよく排他的(exclusive)、非排他的(non-exclusive)という言葉を使うことがあります。
「排他」とは言葉を言い換えれば「独占」という意味で、例えばある権利の独占契約を結べば、唯一その会社だけがその権利を行使できる、逆に言うと他の会社はその権利を使えなくなります。

うちの会社は中国で他社からライセンスを受けてモバイルコンテンツ配信を行っていますが、原則独占権をいただくようにしていました。これは中国側との契約が独占権が条件となっていたためです。
また、事業と柱となり得るようなプロダクトの使用権や販売権については独占でなければ将来的な競合リスクを抱えることになるので、私もそういったコアな部分については独占権にこだわることが多いです。

しかしながら、あまり独占にこだわり過ぎると機会損失をしてしまうことがあります。
例えば某有名なキャラクターは独占権というのは一切付与しない、という方針を取っており、こういった会社から独占権を得ようとしてもその時間は無駄になります。

また、非独占であっても、そのプロダクトや事業を取り巻く特殊な「技術」や「環境」によっては、全く不利ではなくなることもあります。
具体的な例で言うと、うちの会社が提供しているリモートメールは、ドコモさんが公式サービスのルールで類似サービスを入れないようにしていることから、実質的に独占に近い形て展開をしてきました。これは「環境」がそうしてくれた良い例です。
「技術」の例としては、例えば先日訪問した歴史的資産をデジタル映像化する会社は、そのデジタル化の部分で高度な技術を要しており、歴史的資産のデジタル化の独占権は膨大な金額になるので、非独占権でビジネスをしているのですが、その会社のような技術を他社が持っていないために、実質的に独占しているのと同じ状態で、競合の脅威が極めて少なくなっています。

逆に権利を付与する側の立場に立ってみた場合を考えてみます。付与する側としては非独占で多くの会社とビジネスが出来た方が機会損失が無くなり、結果としてそこから上がる収益が大きくなるため、独占権を与えることには抵抗があります。
独占権を与える代わりに、時間軸で差をつける(A社と契約後半年間は紳士協定で他の会社と契約しないなど)ことで解決することもあります。

ただ、この場合においても非独占であることが必ずしもベストではないケースがあります。権利を受けた会社は、非独占であれば競合が出てくるリスクも考えて投資を控えるかも知れず、結果そのビジネスが成長しないことが有り得るからです。
実力と資本のある会社と独占契約、というのがベターと言われる所以です。

このように、「独占」か「非独占」かは、時と場合によって見極める必要があると思います。

アジア情勢 10/10

本日北朝鮮による地下核実験のニュースをメディアが一斉に報じていました。
7月のミサイル発射に続いて、国際社会の反対、非難にもかかわらず強行されたものです。

コメンテイターは「あまりにも小規模なので、実質的には失敗だったのではないか?」とか「北朝鮮にはまだミサイルに載せる技術は無い」と発言していましたが、個人的にはこういったことは軽視しない方がいいのではないかと思います。
というか北朝鮮自身にとっても、万が一放射能漏れなどが発生していたとしたら大変なことになっていたのではないかと思います。

本件についてこれ以上のコメントは控えたいと思いますが、今日は折りしも安部新首相が韓国を訪問している時期でもあり、昨日の中国首脳と会談したことが一気に薄れてしまった感じで少し残念です。
うちの会社が中国事業にも力を入れていることもあり、昨日の首脳会談はかなり注目していました。日本の首脳が北京を訪問したのは実に5年ぶりのことでもあったからです。個人的には日本との関係を考えれば5年も訪問していないというのもどうかと思いますが・・・。

胡錦涛国家主席との会談においては、日中双方が今後の関係改善で一致し、北朝鮮や環境・エネルギー問題で共通の戦略的利益を共有する「戦略的互恵関係の構築」について合意がなされたとのこと。
また、日中有識者による歴史共同研究の実施や中国首脳の来日も実現しそうな感じです。
ちなみに、靖国神社参拝問題については、明言しないという形で問題の発展は避ける形になりました。

中国の場合、政治と経済が連動する部分が多く、例えばうちの会社のような携帯電話向けのコンテンツサービス、という分野においてさえも、過去日中関係が悪化したときにコンテンツ配信停止や審査見送りなどの影響がありました。
そういう意味でも、今後是非両国の関係が良い方向に向かうことを期待したいと思います。

運動会 10/9
この週末は、体育の日が近いこともあって、あちこちで運動会が開催されていました。
もっとも「運動会」という言い方は比較的若年層に使う言葉で、学生や社会人ではで「体育祭」とか「スポーツ大会」と言われることが多いようです。
運動会の競技は昔からほとんど変わっていない気がしますが、皆さんは運動会というと何を思い浮かべますか?
今日は運動会の競技と私の思い出を重ねて振り返ってみたいと思います。

まず「走る」競技と言えば、徒競走やリレーが代表的です。
私は小さいながらも足が速かったので徒競走では1位しか取ったことが無かったのですが、何故か私の小学校は、リレーの選手を選ぶときには推薦制を取っていて、背が高い人ばかりが選ばれていたので、リレーにはほとんど参加できずに非常に悔しい思いをしたことがあります。

次に「身体を動かす」競技として、組体操やダンスがあります。これはあまり競うという性格のものではないので、競技そのものには興味が無かったのですが、私はませていて小学校から好きな女の子が居たので、ダンスでこの子と手をつないで踊るときだけは、胸が高鳴っていました。

「工夫を凝らした競技」としては、「パン食い競争」や「借り物競争」があります。最近はパン食い競争ってほとんど無いのでしょうか?借り物競争がとても楽しかった記憶があります。
「綱引き」「玉入れ」も運動会のスタンダードですが、これらは正直退屈で仕方ありませんでした。

さて、私が最も好きだったのは、「頭と身体を使って勝ち負けを競う競技」です。
具体的には「騎馬戦」と「棒倒し」です。私は小さかったので騎馬戦では当然馬に乗る騎士役だったので背後から忍び寄って帽子を取るのが得意でしたし、棒倒しでも思いっきり相手の棒に飛び登って、なぎ倒すのが大好きでした。

運動会というのは、その特別な日というシチュエーションだけで、ワクワクするのですが、やはり運動会を盛り上げるのは「音楽(BGM)」と「応援」です。
特に以前は競技によって音楽がほとんど決まっていたので、その音楽が流れると躍動が高まり、競争心が煽られたことを覚えています。
でも最近かかっている曲を耳にすると、流行の曲とかポップスとかが多くなっている気がします。

こうして運動会の話をしていたら、自分も競技に参加したくなってきました。
フットサルとか野球だけでなく、会社対抗運動会とかやったら団結力が深まるし楽しいかも知れませんね。

SとM 10/8
「SとM」という題名を見て、皆さんはマイナスイメージを持たれるでしょうか?
私は昔、初めて「SとMのどっち?」と聞かれたときには、かなり戸惑いました。
当時はSとかMとかの意味も良く分からず、なんとなく悪いイメージと結びつけてしまって、会話に出すような言葉では無いと思っていたからです。
でも最近では、日常の会話で「自分はS」とか「彼はドMだからね」といったような表現を耳にするようになりました。

さて、辞書をひも解いてみると、Sはサディスト(sadist)の略であり、サディストとはサディズム(相手に苦痛を与えることによって性的満足を得る異常)の傾向がある人、Mはマゾヒスト(masochist)の略であり、マゾヒストとはマゾヒズム(相手から精神的、肉体的苦痛を与えられることによって性的満足を得る異常)の傾向がある人を言う、とあります。やはり元々は私が感じた異常感覚と同じ意味を持つ言葉なのだということが分かります。
本来は究極な意味を持つ言葉が、現在は攻撃的、受身的といったニュアンスを持つ形容詞のような使われ方になってきているのでしょう。

現代用語で言うSとは「人の上に立ちたがる」とか「自己主張が強い」とか「いじめたくなる」傾向のある人、Mは「被害妄想になる」とか「指示待ちになる」とか「冷たくされたい」傾向のある人に対して使うように思います。

ちなみに、私は声が大きいからか、はたまた「突っ込み」のタイプだからか、よくSタイプと言われることが多いのですが、自己では必ずしもそうではないと思っています。
例えば、まず「身体にムチを打ってもトレーニングする」「ささくれがあると必ず痛くても取る」「カサブタが出来ると自然に剥がれるまで我慢できずに剥がしてしまう」など肉体的な苦痛が苦手ではありません。
また、精神面においても「自分に高い目標を設定する」「プレッシャーやハードルがあった方が燃える」「ハードな仕事をこなすほど充実感を感じる」ことがあります。

今まで仕事というくくりでSとMを考えたとき、Mタイプは受身で指示待ちのようなマイナスイメージがあるかも知れませんが、私は意外とMタイプは根性(継続性)と自己成長余力があり、大器晩成型が多いのではないかと思ったりしています。

壁に耳あり障子に目あり 10/7
先日とある取引先の社長が来社されたとき、「三浦さん先週の金曜の夜中に○○の雀荘に居ませんでしたか?」と聞かれました。

あまりにも唐突だったので「はっ?」という感じだったのですが、確かに金曜日仕事を終えて夜12時ぐらいに1年半ぶりぐらいに昔よく行っていた雀荘にちょっと顔を出したことを思い出しました。
その瞬間、「えっどうして?探偵?」とか色々頭をめぐったのですが、何やらそこの雀荘で働いていたスタッフ2名がその取引先に社員として入社したらしく、その1名が金曜の夜に雀荘に居たとのこと。そして私を見つけてその場でその社長の携帯にメールしたそうです。
確かに名前を聞いて、そういえばスタッフなのにお客として麻雀を打っていた若い青年が居たのを思い出しました。そのときには何事も無かったような顔をしていたのに・・・。
世の中狭い!という感じです。

でも、実はこの1件は私にとって、とてもショックな出来事でした。というのも、その雀荘はもう10年以上前から知っている場所で、私にとってはいわば仕事の世界とは離れた「楽園」だったのです。
ちなみにその雀荘は私の家の近くにあり、プロ雀士も来る業界では比較的有名な場所で、とてもマナーが良いところです。うちのS取締役がファンだった元有名アイドルも打っていたことがあります。余談ですが、その某プロと打って勝ったこともあります。

何やら元スタッフの彼らは週間SPAも見ていたらしく、お店に電話までして私のことを話してしまったらしく、今週忘れた傘を取りに行ったら、「三浦さんて社長さんだったんですってね」とまで言われ、身元バレバレでした。これまではたまに中国に行く怪しいサラリーマン・・・でとおっていたのに。
私の心のやすらぎの場でもあったこの雀荘は、一気に行きにくい場所と変身したのです。

「壁に耳あり障子に目あり」と言いますが、本当にどこで誰が見ているか分からないものです。

私の次なる楽園はいずこへ・・・。
商品サイクル 10/6
今日とある大手お菓子メーカーの方と新規プロジェクトの件で打ち合わせをしていたのですが、その中で最近のお菓子の商品寿命についての話題になりました。

最近はとにかく次々と新商品が出されているように思います。
先日も大手スーパーのお菓子売り場に行って驚きました。とにかく、初めて目にするお菓子がたくさん陳列されているのです・・・。
パッケージ(見た目)を変えたもの、味を変えたもの、季節もの、などなど。特にポッキー系に至っては、半端ではありません。中には地域限定や期間限定ものもあります。
これだけ細分化されてくると、単体商品でメガヒットやロングセラーをしていくのは本当に稀になってしまうのではないでしょうか?

この背景には、ユーザー嗜好が人により多様化してきていること、見た目や味の流行が短いサイクルで変化してきていること、があるように思いますが、企画する側は本当に大変だと思います。
客観的に見ていると、パッケージの形、色、文字の書体、写真、味などにこだわり、斬新さを競争しているようです。
ただ、企画してから商品化されるまでのリードタイムもあるし、どんなにインパクトのある商品をつくっても、ユーザーは次第に飽きてしまうのです。
何でもそうですが、ユーザーの期待は留まることを知りませんから、いつになっても終わりがないような気がします。
他人事ながら、市場に販売されている期間内で、商品をつくる機械の減価償却が終わるのだろうか?と余計な心配をしていまいます(笑)。

販売する小売店も、これだけ目まぐるしくラインアップが変わっては、どれを仕入れたらいいか戸惑ったり、お客さんに「○○○ありますか?」と新商品のことを聞かれても答えられないのではないかと思います。

ただ、よく考えてみると、こういった現象はお菓子に限ったことではなく、デジタルオーディオプレーヤーにしても、携帯電話にしても、とにかく種類が増えて新製品が発売されるまでのサイクルが短くなっていることは確かです。

これだけ商品が溢れてくると、ユーザーはどれを買ったらいいのか、の判断がますます難しくなってきます。
そんなときは、やはり「口コミ」とか「ブログ」などの情報源に頼ることになるのではないでしょうか?

そうするとブログのビジネスとしての将来性も明るいのでしょうか?
もっともブログも最近はマーケティング手段として意図的に使われるようになってきているので、今後どれだけ信憑性が維持できるかは微妙だと思いますが・・・。

牛丼 10/5

私は痩せ型の体質ですが、ご飯は比較的たくさん食べる方だと思います。ただ、食事の内容(食べ物)により、かなりムラがあります。
例えば「いかの刺身」とか「とろろ」がある時には、5杯ぐらいおかわりをすることがあります。逆に好きなおかずがないと1杯も食べないときがあります(笑)。

私は昔から「ドンブリ系」が割りと苦手で、今もすき好んで食べることは無いのですが、その中で例外的に「吉野家の牛丼」だけは好きです。
高校生のときに初めて食べたときの感激は衝撃的で、肉のやわらかさと「つゆ」と紅ショウガのマッチングが何とも言えず、以来学生のときにはかなりお世話になりました。当時のお財布との相談もあったものの、1回に並を3杯とか平気で食べていました(しかも1/3は紅ショウガづくし)。
不思議なもので、私は牛丼とか紅ショウガ自体は好きではないのですが、なぜか「吉野家の牛丼」とそれと一緒に食べる「紅ショウガ」だけは好きなのです。(この感覚を共有してくれる人はいるはずです)
社会人になってからは、そんなに頻繁に食べているわけではないのですが、無い者ねだり的発想で、販売中止となると、妙に気になってしまい、再開の日を待ち望んでいました。

以前、1日だけ解禁になった日がありますが、今回は10月1日から5日まで牛丼が解禁になりました。
実はうちのオフィスの向かいに吉野家があることもあり、どうしても食べたくなってしまい、行ってしまいました。
一口食べた瞬間、まさに「この味」と言った感じで、あっという間に完食してしまい、もう一杯・・・と思ったのですが、そこが会社の向かいの店であることを思い出し、誰が見てるか分からないので、自粛することにしました。

でも、このブログを書きながら、後悔しています。明日までしか無かったのに、明日は会食だった・・・。

中国色の結婚式 10/4

週末に知り合いの結婚式がありました。その方は、中国でITを中心としたコンサルティング会社を経営している日本人男性で、中国語はペラペラです。
ちなみに新婦との出会いは、中国に興味を持っていた新婦が新郎のホームページを発見し、メールで問い合わせをしたのが始まりとか・・・。

実は、この日私は他に予定があったので、返事をしないでいたのですが「中国と言えば三浦さんを外せないのでどうしても来てほしい」と二度も催促いただいたので、二次会から出席させていただくことにしました。
私が天王洲アイルの某ホテルに到着したときには、ちょうど披露宴が終わったところだったのですが、新郎・新婦が中国服(旗袍)に身をまとっていたこともあり、階段ですれ違ったのにも気がつかないぐらいでした。

新郎とはビジネス関連でのお付き合いであることもあり、当日の参加者は新郎以外は全員知らない人達ばかりでした。こういうシチュエーションは初めてのことだったので、どう振舞って良いか戸惑っていたのですが、何やら中国の服に身をまとった方が近くに居たので思い切って話しかけてみました。
その方は華僑で、東南アジアを中心に幅広くビジネス展開されているとか。新郎との関係を聞いたら「初めて会う」ということだった(友人が知り合いで中国人ということで同行して来られたらしい)ので、急に親近感が湧き、色々話し込み、彼の最も得意な国であるフィリピンでの事業の可能性を検討することになりました。

新郎が私に気を遣ってくれて、かなりの人数の方と名刺交換をさせていただいたのですが、出席者の共通のテーマが「中国」であることもあって、中国の話題で持ち切りでした。中国に進出している日系大企業の方、TV局の方、雑誌編集の方、大学で教鞭を取られている方、などとお話させていただくことができ、色々参考になりました。
同時に中国関係者ばかりなのに、一人も知っている人が居なかったというのは、同じ中国でも、「北京・リサーチ系」と「上海・コンテンツ系」ではだいぶ人脈が異なるのだな、とも思いました。

私の場合、中国で事業展開や投資をされている日本人の方々とは、競合というより同志であり仲間という感じの方が強いので、今後も皆さんとは色々情報交換をしながら、一緒にビジネスを盛り上げて行けたらと思います。

今頃、新郎、新婦は「海南島」にでもハネムーンかも知れません。うらやましい・・・。

幻のジョッキー 10/3
1昨日の『hirog』で触れたアリコシステムの塩入社長より、
読みにくいから「改行するように!1行空きを入れるように!」という、ごもっともなご指摘をいただいたので、本日からそのようにさせていただきたいと思います。
言い訳ですが、今まではモバイル専用だったので、なるべく空白を設けない方が良いかなと思っていたのですが、今はPCから見ていらっしゃる方が多いようなので、見やすさ重視でいきたいと思います。

さて、昨夜遅くニュースで「ディープインパクトが一番人気」との報道があり、そのときに初めて「凱旋門賞」があることを知りました(ちょっと遅すぎ(!?))。
結果は皆さんご存知の通り、惜しくも3位という成績で、その名の通り世界中の人々に「深いインパクト」を与えることはできなかったようです。

私は、あまり競馬というものには縁が無く、社会人になってからは一度も行った事がないのですが、仙台で学生をしてきた頃に福島競馬場にデートを兼ねて何度か足を運んだことがあるぐらいです。
そんな競馬には縁が薄い私ですが、馬には縁があります。

まず、私は小さい頃に背が小さくて動物が大好きだったこともあり、両親はジョッキー(騎手)にしようとしていたらしいです。私も物心が付いた頃に自分はジョッキーになるのか、と思っていたぐらいです(笑)。いつの間にか幻と消えてしまいましたが・・・。
次に、意外と知られていない(というかほとんど恥ずかしくて言っていない)のですが、私は大学時代に一時期乗馬部に所属していたことがあります。「乗馬」というと華やかなイメージがありますが、実際にはそんなことは全く無く、毎朝4時ぐらいに起きて山に草刈りに行き、その草を持ち帰って馬に食べさせるのです。そして馬の身体を洗ったり、馬場を整備したり、と馬にはほとんど乗る時間がありませんでした。
馬とはかなり仲が良かったものの、先輩にやたら自分の母校以外の後輩を干すタイプの人がいて、違う高校出身だった私はなかなか馬に乗せてもらえずに、しばらくして辞めてしまったのですが、今となっては良い思い出です。

当時は馬で学校に通うことが夢だったのですが、今も馬で通勤できたら素敵だな、と思います。

『fonfun』始動 10/2
10/1にうちの会社は『ネットビレッジ株式会社』から『株式会社fonfun』へ社名が変更となりました。正直色々紆余曲折のあった社名変更なので、感慨もひとしおです。
最初は今ひとつの反応だった社内も、徐々に馴染んできたようで、特にロゴマークが決まってから一層イメージが統一されてきて、より浸透してきた気がします。
金曜日に新しい名刺が配布され、エントランスの社名看板の取替え工事があったのですが、新しい名刺を手にしたときに私も「いよいよだ」という実感がありました。
『fonfun』という会社名を初めて聞いた人は、カタカナだと思う人が多いでしょうから、例えば領収書をもらうときとか、きっと「英語で」とか「小文字で」とか前もって言う必要があるので少し面倒かも知れません(笑)。
今回の社名変更に伴い、印刷物関連やWeb関連を一新しました。社名変更の手続きや変更に伴う各種制作に携わっていただいた管理部関係、広報・制作・技術関連のスタッフの方々、大変お疲れ様でした。ホームページ(http://www.fonfun.co.jp/)はロゴの赤を基調にイメージを一新していますので、是非見てみてください。
『fonfun』がスタートするにあたって、新しいホームページや会社概要の社長メッセージにおいて色々コメントを書いてしまったので、ここでは少し違う視点から・・・。
『fonfun』が目指すものは、実は相当大きなものです。私一人ではどうすることもできないし、今のスタッフ、体制のみでは到底到達できるものではありません。
ただ、我々が中心となり、お互いに切磋琢磨しながら、『fonfun』グループの仲間を増やし、グループ全員が将来像へ向かって、一丸となり信念をもって進めていけば必ずや達成できると思っています。今回の社名変更は、我々の意識を変える良い機会であり、ある意味宣誓式でもあります。
5年後の『fonfun』は今とは全く違う姿になっているかも知れません。今日は『fonfun』の将来像を夢見ながら早めに就寝し、明日の『fonfun』業務初日を迎えたいと思います。

強い男 10/1

私は「強い男」に憧れます。私はちょっと古いところがあって「男が女を守れなくてどうする?」とか「男に生まれた以上は自分の力で大成しろ」みたいに考えている部分があります。
おそらく、今の大半の女性は守ってもらわなくても大丈夫、と思っているだろうし、大成するにしても使えるものは使った方が得、的な考え方も多いと思うので、今となっては単なる「エゴ」に過ぎないのかも知れません。
週刊『SPA』にも若干触れられていましたが、私は小さい頃は身長が低くていつも一番前、女の子にも「かわいい」としか言われたことがなかった私は、自然と反骨精神が醸成されました。以前『hirog』でマラソンの話をしましたが、強い男になりたくて、空手の本を読みあさって一人で訓練したり、意味もなく腕立て伏せや腹筋を数百回続けたりしていました。
私は声がでかくて成績も悪くなかったからか「イジメ」というものにはあったことはありませんが、自分が納得できないことは許容しなかったので、中学、高校のときにはいわゆる不良の人達と度々口論になり、殴り合いの喧嘩をしたことも何度かあります。私は小さくて力も限られているので、パンチが相手に与えるダメージは少ないのですが、どんなに相手に殴られても、鼻血が出ようとも相手が降参するまで、かかり続けるので、相手が怖くなって(おそらく違う意味で)諦めてくれるのが常でした。この頃というのはお互い根に持つことは無いので、喧嘩した後は仲良しになるケースが多く、割りと不良の友達も多かった気がします。「強い男」に憧れるからか、映画などでもカンフーものとか、任侠ものとか、歴史物(グラディエーターとか)が好きでした。(逆に現実的にはあり得ないスーパーマンとか、肉体的な強さではない鉄砲とか戦争ものはあまり好きではありません)
社会人になってからは、トレーニングする時間も取れず、以前に比べて間違いなく体力が衰えている気がします。また、良い意味でも悪い意味でも「妥協」というのが無ではなくなりました。
でも自分というものは変わらないので、おそらく今後も「強い男」が永遠のテーマとなるでしょう。