先日、とある経営者の方と会食をしているときに、「最近は帰属意識の無い若者が増えた」という話をされていました。

特に、久しぶりに会った人に「何をしているのか?」と尋ねたときに「今は○○にいます」とか「とりあえず□□してます」という、いかにも暫定でその会社に属しているような返事をする人が増えた、というのです。

ところで、帰属意識というのは幅の広い言葉なので、ここでは企業への帰属意識ということで「企業意識」という言葉を使いたいと思いますが、冒頭の件は私も感じます。

先の『hirog』 で、自分のやりたい仕事を出来ている人は1/4しか居ないという話をしたように、「生活のため」、「向学や経験のため」などで、本意ではない企業に属したり、好きではない仕事をしている人は少なくないと思います。
また、会社というものは「自分のスキルや経験を積んだり、報酬を得る単なる器」とする考え方も否定しません。

ただ、個人的には、人生や生活の多くの時間を会社で過ごしていることを考えると、それではなんとなく寂しい気もしますし、一人の経営者としても、多少なりともスタッフに企業意識は持って欲しいと思う気持ちはあります。
また、そういうスタッフと一緒に働いていきたいし、自分の思いを伝えていきたいという思いはあります。
もっとも、現在のうちの会社のように、監理ポスト入りしていて、業績が悪化していて、大規模な事業再編をしたばかりのときに、それを求めるのは難しいとは思っています。

企業意識が無くとも、能力の高い人はたくさんいますし、仕事への責任感があれば、生産性の高い仕事はできると思います。
ただ、そういう方々は「やるべきことをやっていれば問題ない」と考えていると思うのですが、その「やるべきこと」というのが、必ずしも経営サイドが「期待していること」とは一致しないときがあります。

これは、仕事というのが、ある意味結構人間くさいところがあるので、汎用的・一般的な知識・技能だけではなく、会社特有の事情というのが関係してくることがあるからだと思います。

普段の業務をしているときには問題が無くとも、いざというとき(例えば会社が悪い状況になったとき)や、何かのとき(例えば会社のイベントがあったとき)に、それが顕在化して歯車が合わなくなる可能性はあると思います。

ところで、企業意識というのは、何から生まれるのでしょうか?
一般的には「会社」「社長」「仲間」「サービスや商品」など、何かを好きになったり尊敬したり、楽しかったり、責任感を感じたり、感謝をしたり、ということがきっかけになるのではないかと思います。

そう考えると、会社側の継続的な努力も必要になってきます。
「ビジョンの明示」「意識の共有のための努力」「安定雇用」「やり甲斐のある仕事の提供」「職場環境の充実」などなど。

色々難しい話もしてしまいましたが、要は「同じ釜の飯を食う仲間という意識で苦楽を共にしていきたい」という理想をおっかけたいです(笑)。