今日のブログの「目が覚める」とは朝起きるという意味ではありません。
「物事の見方に対して、急に視野が開けたり、迷いがなくなって本来の姿に立ち返る」ことを意味します。

そういう意味では、「悟りを開く」とか「目から鱗が落ちる」と言い替えることもできるかも知れません。

日々の忙しさに追われていたり、切迫した状況が続いたり、考え過ぎたりということが元となり、その結果自分に余裕がなくなって本来の考え方が出来なくなったり、バランスを崩してしまったりすることがあります。

恋愛についても、「恋は盲目」とよく言うように、好意を持ってしまうと相手の悪いところが見えなくなってしまい、正しい判断が出来なくなってしまいます。

こだわっていたことが、よくよく考えてみると、つまらないことだったり、大したことないことだったり、というのはよくあります。
そこには自分のメンツとかプライドとか、思い込みとかがベースにあったりします。
何かにこだわっているとき、それが無ければ生きていけないほど重要なことはほとんど無いと思います。

また、悲壮感をもっていたことが、自分自身でそういう状況にしてしまっているということがあったりします。

つまり、近視眼的になってしまっていると、本質を見失ってしまいがちです。

こういった状況から目が覚めるキッカケとなることは、色々あります。

・病気になって価値観が変わった
・九死に一生を得て人生観が変わった
・宇宙に行って、すべては小さいことだと思った
・普段怒らない人から怒鳴られて目が覚めた

などなど。
何かを見たり、感じたりした瞬間にパッと視界が晴れてくることもあるかも知れません。

これらのようなキッカケが無くとも、自分で意図してそういう環境や状況を作り出して、思考を変えるということもできるかも知れません。

人は、余裕があったり、冷静であるときには、大局的に物事が見れるようになるものです。

いつの時にも選択の自由 は、自分にあると思います。

人や物事に翻弄されない、自由な生活が出来たら素敵ですね。