昨日「辛いとき」について書きましたが、基本的に人生一度しかないのですから、楽しく生きなきゃ損だと思います。


そうなら、楽しくなかったら、楽しいように変えたいし、考え方によっては楽しいと思い直すこともできるのではないかと思います。


取材などでもたまに話していますが、私は「先が見える」ことが好きではありません。
平凡な人生よりも「波瀾万丈」な人生を選びます。


「先が見える」ことが嫌いなのは、先が決まっていたらつまらないからです。
また、その時期や年齢によって感受性や物事を判断する基準が変わることもあると思うので、先のことはそのときの状況、そのときの自分の意思で決めたいからです。
誰かに行動や意思決定の制限をされるのが嫌という自我が強いのかも知れません。


「波瀾万丈」の方を選ぶのは、その方がドラマチックだし、生きたという実感があるような気がするからです。
好奇心旺盛な性格も影響していると思います。


過去占いなどをしてもらったときにも必ずといってよいほど、「波瀾万丈」というキーワードが出てきますし、周りの人達からもよく言われます。


本来の運命も、自分の志向もそうなら、そうなるしかないですね(笑)。


これまで本当に色々な経験をさせていただいていると思います。

結局はそれを楽しめるかどうかだと思います。
言葉は乱暴ですが、辛いことがあってもそれがドラマやゲームのひとコマだと思えるかどうか、形勢逆転の意思を持てるかどうか、そこが分かれ目なような気がします。


人にはそれぞれの形のドラマがあると思います。
それを楽しめるかどうか。


私は
「失敗したらそれは経験で成功につながる」
「悲しいことがあったら、きっとそれによって他人を思いやれるようになれる」
そんな風に考えるようにしています。


精神的に繊細な自分がそうなれるようになったのですから、多分誰でもできると思います。


昨日触れた「悲壮感がある」と言われた友人にも、最近は「表に「気」が出ている」とか言われるようになりました。
多分、そういう気持ちの持ち方が表に表れてくるのかも知れません。


私は「生きていくことは辛い」という言葉は嫌いです。

主人公である自分をどういうストーリー展開に持っていくかは、自分が決めれることが案外多いと思います。