物事の真相というのは、当人でないと分からないものです。
更に言うと、当人でも主観が入ってしまうことで真相がボケてしまうことがあると思います。

一つの事象を見るとき、どういう立場で、どういう角度から見るかによって受け取り方は全く異なってくるのです。

例えば
「事情についての情報を持っている人」と「全くの第三者」
「自分の経験や価値観」
「その時の雰囲気や気分」
「事象に好意的」か「敵対的」
「信用」か「懐疑的」
などなど・・・。

物事には表と裏があると言いますが、生きる時間が長くなると全くその通りだなと感じます。

身の周りの話でいうなら、自分が嫌いな人がやることや言うことはどれも否定的に思えても、自分が好きな人のことについては何でも好意的に受け取れたりするものです。
だから、お互いに好感を持ってない人たちの間には誤解やミスコミュニケーションが生じやすく、更にそれが関係を悪化させてしまう要因になりかねないのです。

怒っているときに「誰だ、これをやったのは?」と大声を出したら「私です」と自分が好きな人が張本人で、気まずい思いをした、なんという経験は何かしらあるのではないでしょうか。

そういう意味で、人間の先入観というのは怖いものだなと思います。
「七つの習慣」の中でも「人は自分のレンズを通して物事を見ている」というフレーズが印象に残っていますが、人間は育った環境や自分の知識、経験などに基づく独自の価値観に基づいて、物事を判断するものなのだと感じます。

ただ、そのレンズをはずして物事を直視しろ、と言われてもなかなか簡単なことではありません。
私も、ついついその場では先入観が入った発言や判断をしてしまうこともあり、後になって冷静になって考えて、自分は間違っていたかも知れない、と反省することも多々あります。

自分や会社のことを誤解されることもしばしばあります。
物事には「言えないこと」や「諸事情」があります。

例えば、私自身は会社の利益や株主の利益を考えてしていることでも、周りに理解してもらえないときはやはり残念な気持ちになります。
でもそれは事情が分からない人から見たら当然なのだ、と思えるようになりました。

自分として今やるべきことをやる、そこに集中したいと思います。