かなりディープな話題になってしまいますが、最近考え方が少しずつ変わってきていることがあります。


それは「幸せじゃない人は人にやさしくできないか?」という問答。


正直なところ、私は小さい頃からずーっと「自分が幸せじゃなくても人にはやさしくできる」と思っていました。
ちなみに社会人になってもしばらくはそう思ってました。


でもバラバラの年齢や、色んな立場や、様々なバックグラウンドの人達と出会って話したり付き合ったりしているうちに、もしかして自分の考えは間違っているのかも知れないと思うようになりました。


もっとも正確には全く間違っているということではなく、そうじゃないケースが多い、ということなので、ある意味統計的というか、可能性の問題なのですが、やはり「人は自分が幸せじゃないと他人にはやさしくなりにくい」ということはあるような気がします。


うちの会社の創業した当時の経営理念は前社長が考えた「善++」というものでした。
善いことを広げていきましょう、という発想だったのですが、この理念にはまず最初に自分が幸せになりましょう、というのが前提にありました。

でも私はこの話を聞いたときに「本当にそうかな?」と疑問を抱いていたぐらい純粋だったのです(笑)。
会社で一生懸命働いてくれるスタッフや、応援してくれるステークホルダーの方達が一番ではないのかな?と考えていたのです。


また、数年前にとある社長とお話していたときに、「三浦さんはまず自分がもっとお金持ちになるべきだ」と言われたことがあります。

その方は「自分が経済的に余裕が出来たところで初めて周りの利益を考える余裕が出てくるものだ」とおっしゃっていました。
そうじゃないとそれを考える余裕が無い、もしくは他人の幸せを素直に喜べなかったり、嫉妬とかが生じる可能性がある、というのです。


確かに自己犠牲型の人は幸せになれなかったり、世の中にはたくさんの偽善者がいると思います。
人を幸せにする、もしくはやさしくなれるためには、まず自分がそれを体験する必要があるし、どこかにコンプレックスがあると、本当にピュアに他人の幸せを喜べないものなのかも知れない・・・と思ったりしています。
(身近な例では、例えば残業ばかりして恋人のいない人が残業なくデートしている人に嫉妬してしまうなど・・・)


日本人は特に「質素」「勤勉」「謙虚」などが美学とした独特の文化がありますが、「贅沢」「怠惰」「傲慢」になるのは問題外としても、たまにおいしいものを食べたり、時には趣味の時間を過ごしたり、自分にご褒美というのはあってもいいし、それがあるから頑張れる・・・というのもあると思います。


私も、今より「心」と「経済的」にもっと余裕ができたら、もっと他人の幸せを考えられるのかということに興味があるので、これからはそれを目標の一つにしたいと思います。