A better you, better me
クインシー・ジョーンズが亡くなってしまったらしいと知る。高校の頃、どこかで流れていた「Tomorrow (A better you, better me)」を思い出す。たぶんドーナツ屋だろう。ああ、音楽っていいなあ。クインシー・ジョーンズを好きだったのは、後に看護関係の学校に進むことになったKという友達だったと思う。ついでに思い出すのは、生物の先生のことだ。おいどんの記憶では、高校時代にもらった暑中見舞いの葉書に「サルビアの葉が肥料をくれと黄色くなっています」と短く、しかしその先生らしい文字で書かれていたと思う。その文章は、今でも時々、花に水をやりながら妙に思い出されたりするのだ。こないだ何かの映画をぼーっと見ていたら、エンドロールでその先生と同じ苗字が流れてきた。おお、そういえば、あの先生はどうしているんだろう?なんて思い、検索してみると、阪神淡路大震災のときの学校の記録をまとめたものに寄稿された文章にいきついた。正確には、その文集?自体を別の機関が大切に収集保管したものだ。阪神淡路後の文章には、やはり生物の先生らしい淡々とした正確な記録でありながら、生命をもつ全てのものに対する誠実な優しみがあふれており、サルビアのあのときの先生は、どこまでもどこまでも、あのときのままだった。ひとは、よくもわるくも、そう変わることはできないのだ、と改めて思い至る。どこまでもどこまでも、ごまかすことのできない「その人らしさ」みたいなものがあるのだ、と。そういえば、高校一年の頃の担任は、その後、おいどんの母校の校長になり、ついこないだまでそこにいたのだと知る。その後、某所の某部で某役割を務めており、本当に、ずーっと、それはそれはずーーーーーーーーっと、同じことを積み重ねてきたのだな、とやはり消えないその人らしさに納得した。あはは、いろいろニアミスでしたなぁ、なんて思いながら、非常に懐かしく思いつつ、あえてその縁を手繰り寄せるのはなんだか野暮だから、おいどんも、おいどんらしく、生きているつもりでごわすよぉーーーーっと。なんて。世界の中心でもない場所から念を送ってみる。遠くに光る星の光をみて、たとえ語り合うことがなくとも、きっとあそこに星があるんだなー(あったんだなー)ということだけは確かにわかる。そんな記憶を抱き締めながら、これからも生きていくでごわすよ。ありがとう、先生たち。なんて書いていて、これまた無性に思い出されるのは名前も忘れてしまった化学の先生のことだ。彼の口癖は「無知が貧困を呼び、貧困が戦争を呼ぶ」だった。もう、力説に近かったと思う。当時すでに年配だったその先生を、クラスの一部の生徒たちはモルと呼んでいた。化学式のmolだ。化学の先生がどうして貧困だの、戦争だのと力説するのか、よくもわるくも平和な時代のおいどんにはわかっていなかった。しかし、なんだかこのmol計算のおもしろさにはまってしまったおいどんは、いつ使うかわからないであろう(ほとんど使う機会はないであろう)化学式を1シーズンだけ夢中になってやった記憶がある。おかげで元素記号くらいはぼんやり記憶に残っているが、化学計算は既に何のことやら思い出すこができない。がしかし、確かに残ったものもあるのだ。無知と貧困が戦争を呼ぶからと、誰にも公平に、いつ使うかわからないであろう(ほとんど使う機会にめぐまれないであろう)化学式を、分け隔てなく懸命に教えようとしていたその先生の記憶だ。それは安っぽいノスタルジーともやっぱり違う。正しくまともなおとなの記憶として残っているのだ。いずれにしても、「あのさぁ、高校の時にmolって呼ばれてた化学の先生がいてさぁ」なんて、世界の中心でもない場所の中年夫婦の夕食どきに語られることになろうとは思いもしなかっただろう。でもね、先生、語られているんですよ、令和6年の今も。クインシー・ジョーンズあれこれ聴いていたら、また思い出しちゃったよね。"I hope tomorrow will bring better you, better me"なんて。