今日は僕が野球部に入部した時の話。(すこしマイルドで長めの話)
僕達1年生は中学入学後に部活を選ばないといけない。僕達の中学校には帰宅部という選択肢がなく、1年生全員が運動部か文化部に必ず入部しなければならなかった。
僕は小学校3年生の頃から始めた野球を続ける事にした。手前味噌ではあるが、僕は少年野球時代から県下でも相当有名な存在で、中学の野球部入部時も先輩や監督、さらには同級生からかなり注目されていた。そして僕の他に19人の同級生が入部した。その中で前評判が高かった僕を含めた同級生3人に、2年生の先輩が1人ずつ指導係としてついてくれた。翌年、翌々年にチームの主軸としてチームを牽引して欲しいという想いから監督が採用している方式らしい。
そして僕の指導係となったのは、しゅうさんという2年生の先輩だった。しゅうさんは当時、身長177cm、体重47キロといったとてもスリムな体型の持ち主で、3年生が引退した後のエース候補だった。しゅうさんは中学2年生にして、ストレート、スライダー、カットボール、カーブ、スローカーブ、フォーク、ナックル、パーム、シンカー、シュート、の10種を操る天才だった。なぜそんなに変化球を投げられるのか。しゅうさんは体型からも分かるよう指がとても細長く、とにかく手先が器用だったのだ。そんなしゅうさんに指導してもらえる僕はとても運が良いと同級生は口々に言った。。。
しかしそんな予想通りに事が運ばない中学校であることは、僕の先日のブログを見ていただければお分かりになるだろう。
しゅうさんは手をあげるような先輩ではなかったが、かなりヤバイ人だった。しゅうさんが僕へ最初に発した言葉はこうだった。「俺さ、最近アヒルと鴨のコインロッカーって映画見たんよ。ほんで今ボブディランにめっちゃハマってんねん。」僕は、その映画も見たことがなく、ボブディランも当時良くわからなかった。
しゅうさんはこう続けた。「せやお前、鶉(うずら)孵化させれるか?」もちろん意味は分からなった。そして口を噤みながら何を言ってるんだこの人は?と思いながらも、必死に意図を考えていた。するとしゅうさんはこう教えてくれた。「スーパーに鶉の卵売ってるやろ?あれ温めたら孵化すんねんて。最初の課題は鶉を孵化させる事。OK?」これ以上何も言わなければ僕はやられると感じ、「かしこまりました。ご丁寧に指導ありがとうございます。」と、燕尾服を着用しているかのような、ちょうど90度に腰を折ったお辞儀をした。
帰宅の途で僕は脳をフル回転させた。鶉?孵化?スーパー?いやいや、意味わからんすぎやろ。当時ググるという言葉もなくネットも使った事が無かった僕は、必死に一人で考えた。もちろん誰かに相談することも考えた。ただ、母親に相談するとまた性器を見られた気分に陥るだろうし(2投稿目のブログを見てください)、先生に相談したら何でそんなことを聞くのか?と問い詰められて問題になってしまいそうだと懸念した。しかし、また我ながら天才かと称賛したくなるようなアイデアを思い付いたのだ。
僕は次の日の朝、授業中にお腹を下したふりをして校内の公衆電話に走った。電話した先は小学5年生の秋に遠足で訪れた、淡路島にある『イングランドの丘』だった。ここは鷲など猛禽類さえ飼育している所な為、必ず答えをしっているだろうと期待に胸を躍らせた。僕がした質問はこうだ。「うずらを孵化させたいんですけど、どうすればいいですか?」答えはこうだった。「鶉は卵の温度を37度でキープして、乾燥してない所で3週間くらい待つと産まれるよ。」僕は、「ありがとうございます。」とまた燕尾服を着用したかのようなお辞儀を電話越しに披露した。
そしてその日に鶉の卵2パックとカイロ20個を近所のスーパーで買った。もちろんレジの店員は怪訝そうな顔をしていた。だがそんなことは全く気にならない。僕の中学生活3年間がかかっているんだから。僕はその夜から、体温計(水銀タイプ)、カイロ(貼らないタイプ)、ぬれタオルを駆使し孵化に注力した。
我ながらとても頑張った。日中の学校にいる間は、祖父とは思えない程僕に関心がないじいちゃんに上記の指示をした。じいちゃんは全く僕に興味を示さず任務を遂行した。
しかし3週間経っても一向に鶉は孵化しなかった。。。しかしこのままではしゅうさんに顔向けできない為、僕はもう一度スーパーに行き同じセットを買った。奇しくもレジの店員は同じだった。だが3週間経てどやはり孵化はしなかった。ゴールデンウイーク中、じいちゃんのパフォーマンスを確認したが、何なら僕よりも温度を保つのが上手く、工夫も凝らされていた。依然として僕への関心はなかったが。恐らく血縁関係がないのだろう。
僕は5月末、意を決してしゅうさんに詫びを入れた。
するとしゅうさんはこう言った。「スーパーのはほとんど無精卵やから孵化無理らしいで。」僕はその言葉を聞いて安堵した。怒られなかったからだ。そしてしゅうさんはこう続けた。「もうアヒルと鴨のコインロッカー熱冷めたから、孵化ええよ。」と。。。
大学生になり僕はアヒルと鴨のコインロッカーのDVDをTSUTAYAで借り、彼女と自宅で視聴した。そして僕はこう発した。
「鶉の話まったく出て来やへんやん!!!」
しゅうさんは今、手先の器用さを駆使し、地元で南京錠を外す仕事している。

