お休みの日の、お昼ごはん。
みなさんは、どうされているでしょうか。
私はですね。
休日のたびに、ちょっと悩んでしまうのです。
せっかくのお休みだから、美味しいものを食べたい。
そう思う気持ちと、
今日は一歩も外に出たくない。
そんな気持ちが、いつも心の中で戦っています。
そう、
『お休みの日のランチ問題』
というやつです。
例えば、
おしゃれなカフェに行って、
ワンプレートのランチをいただく。
そんな過ごし方に、憧れたりもします。
でも、
現実はどうでしょうか。
私の場合は、
「今日も簡単ランチです」
で済ませてしまうことが多いのです。
これは、
単なる手抜きではありません。
いや、
少しは手抜きかもしれませんけれど。
でも、
自分なりの、
ささやかなこだわりが、
そこにはあるのです。
たとえば、
冷蔵庫の残り物を、
お皿にきれいに並べてみる。
それだけでも、
なんとなく、
お店で食べているような気分に、
なれたりするから不思議です。
こういうのって、
意外と大事なことなのかもしれません。
ここで、
ちょっと、
今日のお昼ごはんの話をさせてください。
実は、
今日の私のランチは、
冷凍の焼きおにぎりと、
お豆腐でした。
これの、
どこがこだわりなんだと、
自分でもツッコミを入れたくなります。
でも、
これがですね、
思った以上に、
美味しかったのです。
お皿にお気に入りのランチョンマットを敷いて、
お箸置きも、
ちょっと可愛いものを選んでみる。
たったそれだけで、
冷凍の焼きおにぎりが、
『ごちそう』
に変わるような気がしてしまうのです。
こういうのって、
なんだか少し、
嬉しくなりますよね。
人は、
豊かな食事をすると、
心が満たされると言います。
でも、
本当に満たされるのは、
食事の内容そのものだけではないのかもしれません。
そう、
『自分のための時間』
を、
どう過ごすか。
そこが、
大切なポイントなのです。
たとえば、
どんなに豪華なフルコースを食べても、
心が急かされていたら、
なんだか味気なく感じてしまう。
それと同じように、
たとえ簡単なご飯であっても、
「あ、美味しいな」
と、
心からホッとする瞬間があれば、
それはもう、
十分に贅沢な時間だと言えるのではないでしょうか。
そう考えると、
私の今日の焼きおにぎりランチも、
なかなかのものだったりします。
ここで、
少し、
話しは変わりますが、
みなさんは、
おうちでのひとり時間を、
どのように楽しんでいるでしょうか。
お昼ごはんに限らず、
「これをするだけで、なんだか元気が出る」
そんな定番の過ごし方って、
きっと誰にでもあると思うのです。
私の場合は、
お昼ごはんを食べながら、
お気に入りの動画を少しだけ見る。
それが、
何よりの息抜きだったりします。
短い時間ですが、
その瞬間だけは、
日常の細かいことをすべて忘れて、
ぼーっとすることができるのです。
そういう時間って、
やっぱり、
必要なんだなぁとしみじみ思います。
いつでも頑張り続けていたら、
心が疲れてしまいますからね。
たまには、
手抜きをしたっていい。
簡単なご飯で済ませたっていい。
自分が、
「ふう、落ち着いた」
と感じられるなら、
それで十分なのです。
もちろん、
たまには外に出て、
プロが作った美味しいランチを食べるのも、
大好きです。
今度のお休みには、
ずっと気になっていた、
近くのパン屋さんに行ってみようかなと、
今から少し楽しみにしています。
焼きたてのクロワッサンと、
温かいカフェオレ。
想像しただけで、
なんだかワクワクしてきます。
でも、
今日みたいに、
おうちでのんびり過ごすお昼ごはんも、
やっぱり嫌いではありません。
むしろ、
こういう気楽な時間が、
私の日常を支えてくれているような気もします。
明日からまた、
それぞれの日常が始まります。
仕事だったり、
家事だったり、
やるべきことはたくさんありますよね。
だからこそ、
お休みの日くらいは、
肩の力を抜いて、
自分のペースで過ごしたいものです。
みなさんも、
素敵なお休みを過ごせているでしょうか。
もし、
今日のお昼ごはんが簡単だったとしても、
気にすることはありません。
それはそれで、
自分を労るための、
大切な選択なのだから。
そう思いながら、
私は今、
温かいお茶をゆっくりと飲んでいます。
こういう何気ない日常のひとコマが、
あとになって振り返ると、
かけがえのない時間だったりするんですよね。
それでは、
また次のブログでお会いしましょう。
みなさんの明日が、
穏やかで、
ちょっと美味しいものであふれる一日になりますように。
カップの中で、
ゆらゆらと揺れるお湯の波を見つめていると、
ふと、
色々なことが頭に浮かんできます。
あそこに行ってみようかな、とか。
あの本を読んでみようかな、とか。
ちょっとした思いつきだったり、
小さな野望だったり。
そういう先の楽しみがあるだけで、
日々の暮らしが、
少しだけ色鮮やかになるような気がするのです。
人間って、
不思議なものですよね。
目の前の現実がどうであれ、
心の中で描く未来が明るければ、
それだけで足取りが軽くなったりします。
これは、
単なる気の持ちようかもしれません。
でも、
その気の持ちようこそが、
私たちの生活を形作っているのではないでしょうか。
ここで、
少し、話しは変わりますが、
先日、
近所の公園を散歩していたときのことを思い出しました。
いつもの散歩コースです。
季節ごとに表情を変える木々や、
楽しそうに駆け回る子どもたちの姿を眺めるのが、
私の小さなルーティンになっています。
その日も、
いつものように、
ただぼんやりと歩いていました。
特別なイベントがあるわけでもなく、
ただ風が心地よいだけの、
なん変哲もない午後です。
ふと、
足元に目をやると、
小さな雑草の隙間に、
名前も知らない野花がひっそりと咲いていました。
決して派手ではなく、
誰に見られることもなく、
ただそこに健気に咲いている姿が、
妙に心に残ったのです。
こういうのって、
見過ごしてしまいがちですよね。
急いでいるときや、
心に余裕がないときは、
足元の花に気づくことすらないでしょう。
でも、
ちょっと立ち止まって、
視線を低くしてみるだけで、
世界の見え方が、
ガラリと変わったりします。
そういえば、
私たちの毎日も、
これと似ているのかもしれません。
忙しい毎日に追われていると、
目の前のタスクをこなすだけで精一杯になってしまいます。
気がつけば、
一日が終わっている。
一週間が終わり、
気がつけば一年が過ぎ去っている。
そんなふうに感じること、
ありませんか。
私は、よくあります。
あっという間に過ぎていく時間の中で、
大切な何かを見落としているような、
そんな焦りを感じることもあるのです。
だからこそ、
意識的に立ち止まる時間が必要なのかなと思います。
それは、
遠くへ旅行に行くことだけを指すのではありません。
今日みたいに、
おうちでゆっくりお茶を飲む時間だったり、
近所の公園をちょっと散歩してみる時間だったり、
そういう、
日常のなかのほんのひとコマを、
大切に味わうことなのだと思うのです。
自分の心を、
ていねいに扱うこと。
自分の中に眠っている、
ささやかな感性を、
そっと起こしてあげること。
それは、
特別な才能がいるわけでも、
お金がかかるわけでもありません。
ただ、
「今、ここにある時間」に、
そっと寄り添うこと。
それだけでいいのです。
そう考えると、
私たちの人生って、
案外、愛おしいもので満ちあふれているのではないでしょうか。
どんなに些細なことでも、
そこに心を込めることができれば、
すべてが特別な体験に変わっていきます。
たとえば、
毎日の食器洗いだってそうです。
ただの家事として淡々とこなすこともできれば、
流れる水の冷たさや、
お皿の質感を感じながら、
心を無にする時間に変えることもできます。
もちろん、
疲れているときは、
そんな余裕なんてないよ、と思ってしまうこともあります。
人間だもの、
イライラすることもありますし、
投げ出したくなる日だってあります。
そういう自分を、
否定する必要はありません。
あー、今日は疲れたな、
そんなふうに自分の状態を受け入れてあげることも、
自分を大切にする優しさの一つなのかなと思います。
完璧じゃなくていい。
むしろ、
ちょっとくらい隙があったほうが、
人間らしくて魅力的だったりしますよね。
私の周りにも、
いつもニコニコしていて、
どこかおっとりしている素敵な人がいます。
そういう人を見ていると、
こちらまで心がほぐれていくような、
不思議な温かさを感じるのです。
きっとその人は、
自分なりの心地よいリズムを、
ちゃんと持っているのでしょう。
無理をせず、
かといって投げやりにならず、
自分のペースで日々を重ねている。
そういう生き方に、
私はすごく憧れます。
一足飛びにはいかなくても、
少しずつ、
そんなふうに近づけたらいいな。
お茶のカップを両手で包み込みながら、
ぼんやりと、そんなことを考えていました。
温かさが、
手のひらからじんわりと伝わってきます。
こういう感覚も、
パソコンに向かっているときや、
家事に追われているときには、
なかなか意識できないものです。
五感をひらく。
そんな大層なことではなく、
ただ、目の前にある温かさを感じること。
それだけで、
ささくれ立った心が、
少しずつ丸くなっていくのが分かります。
人間の心って、
思っている以上にデリケートで、
そして同時に、
とても素直なものなのかもしれません。
ちょっとした優しさや、
ちょっとした気晴らしで、
簡単に元気を取り戻したりするのです。
だからこそ、
自分を甘やかす時間も、
時にはちゃんと作ってあげたいですよね。
がんばっている自分に、
美味しいコーヒーを入れてあげたり、
見たかった映画を心ゆくまで楽しんだり、
ただひたすら、
何もしない時間を許してあげたり。
そういう時間が、
明日へのエネルギーになっていくのだと思います。
さて、
カップの中のお茶も、
そろそろ飲み終わる頃ですね。
最後の一口をゆっくりと味わいながら、
今日のブログを閉じようと思います。
こうして文字を打っている時間も、
私にとっては大切なリフレッシュの時間です。
画面の向こうで読んでくれているあなたにも、
私のこののんびりとした空気が、
少しだけでも伝わっていたら嬉しいな。
もし、
今日が少し疲れる一日だったとしても、
夜はどうか穏やかに過ごせますように。
温かいお風呂に入って、
ふかふかの布団にくるまって、
ぐっすりと眠れますように。
そしてまた明日から、
それぞれのペースで、
ぼちぼちと歩いていきましょう。
世の中は、
私たちが思っているよりも、
ずっと優しさで溢れているのかもしれません。
ちょっと見方を変えるだけで、
日常のあちこちに、
小さな宝物が転がっているのです。
それに気づけただけで、
今日という日は、
とても意味のある一日だったと言えるでしょう。
それでは、
そろそろ立ち上がって、
シンクのカップを洗うことにします。
水仕事も、
音楽でもかけながら、
のんびりやるとしましょうか。
みなさんも、
素敵な夜をお過ごしください。
またお会いできるのを、
楽しみにしています。
あ、
そういえば、
さっき冷蔵庫を開けたときのことなんですけど。
明日用の牛乳を買い忘れていたのを思い出して、
ちょっとだけ、
ため息が出ちゃいました。
でも、
まあ、いっか。
朝のコーヒーは、
ブラックでも美味しいですしね。
こういう、
ちょっとしたうっかりも、
あとから思い返すと、
なんだかクスッと笑えたりします。
完璧すぎないほうが、
人間らしくて、
いいのかもしれません。
人生も、
それと同じようなものですよね。
すべてが予定通りにいかなくても、
その時々の景色を楽しめたら、
それで十分なんだと思います。
そう考えると、
日々の小さなハプニングさえも、
愛おしく思えてきたりして。
なんだか、
自分でも驚くくらい、
心が穏やかになっています。
お気に入りのマグカップを洗って、
食器棚にそっとしまう。
そんな当たり前の動作一つをとっても、
今の私にとっては、
とても愛おしい時間に感じられます。
ものは言いよう、
と言いますか。
心の持ちようひとつで、
世界はこんなにも優しく見えるんですね。
明日も、
きっと良い一日になる。
根拠はないけれど、
そんなふうに素直に思える自分が、
ちょっと好きだったりします。
みなさんは、
今日という日に、
どんな名前をつけますか。
きっと、
それぞれの心の中に、
素敵な思い出が残っていることでしょう。
さて、
本当に、
そろそろおしまいにしないとですね。
ついつい、
話し出すと長くなってしまうのが、
私の悪い癖です。
でも、
こうして自分の気持ちを言葉にしていく時間って、
やっぱり大切だなと思いました。
読んでくださって、
本当にありがとうございます。
それでは、
おやすみなさい。
また、
次のブログでお会いしましょうね。